2003年、「剣客商売」(フジテレビ系)の秋山大治郎役で注目を集め、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」(NHK)、「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」(時代劇専門チャンネル)など数多くの時代劇をはじめテレビ、映画で活躍。俳優生活25年で満を持しての初主演映画となった「侍タイムスリッパー」(安田淳一監督)が全国で大旋風を巻き起こしている。8月に(東京の)1館だけで公開された自主映画ながら口コミとSNSで瞬く間に広がり、現在全国230館で拡大公開中。その勢いはとどまることを知らず、リピーターも続出。現段階で全国309館での上映が決まっている。
■監督が目をウルウルさせて「やっと会えました」

「侍タイムスリッパー」で山口さんが演じるのは幕末の会津藩士・高坂新左衛門。密命を受け、長州藩士を討つべく刃を交えた瞬間、雷に打たれ現代の時代劇撮影所へとタイムスリップしてしまい、鍛え上げた剣の腕だけを頼りに時代劇の“斬られ役”として生きていくことに…という展開。山口さんは、確かな演技力と刀の重さを感じさせる殺陣の上手さで唯一無二の存在感を放ち話題を集めている。
――(東京の)1館から全国230館に拡大公開され、さらに増え続けて現段階で309館での公開が決まるというすごいことになっていますが、予感はありました?
「脚本を読んだ時に、完成して人の目に触れていくと、何年かかかったとしても多分愛される作品になるとは思っていたんです。ただ、うちのマネジャーさんが京都で行われた試写を見た時にすごく興奮して『面白かった、面白かった!』って言っていて。
僕はその京都の試写には行けなかったんですけど、そのあと東京で見た時にそれは確信しました。これは何年かけても絶対にそばに置いてもらえる作品だなって思ったんですけど、こんなに早く今のような状態になるというのは全然想像してなかったです。本当にラッキーだなと思っています」
――安田監督は京都でお米と映画を作っていらっしゃるそうですが、直接山口さんにオファーだったのですか?
「そうですね。監督が東京まで来てくださって。監督にお会いする前に本をいただいていたので、これはやりたいって思いました。あの役は、時代劇をやられている俳優さんだったら飛びつくんじゃないですかね。多分誰もがやりたい役だと思います」
――監督は最初から主演は山口さんでと考えていたと聞きました
「でも、最初は怖かったんです。この業界はいろいろあるので。だから僕は純粋に僕を見てキャスティングしてくれたんだなって思ったんですが、聞いてしまうと何か怖いじゃないですか。
実はこういう風ないきさつで…ということは、もう聞かないでいいやって。僕のところに来てくれたんだったら、もうそれ以上でもそれ以下でもないから聞かなくてもいいやって思ったんですよね」
――本当に山口さん以外考えられないというくらい合っていましたね
「ありがとうございます。安田監督が僕の出演作品を見て決めてくれたというのはどこかに載っていましたけど、その時に例えば風貌であったり、声であったりというのが合致したんだろうなって思います。
言葉については会津弁ということになって、こういう風にしゃべりたいということは言いました。それは正確な会津弁ではないけど、このお侍さんだったらこういう風にしゃべりたいんですと言って。
それで言ってみてくださいと言われたので、僕があるセリフを言った時に監督が目をウルウルさせながら僕を見て、『やっと出会えました』って言ったんですよね。コロナもあったのでプロットから映画の撮影が始まるまで、多分4年ぐらい経過しているんです。
それで、監督がすごく感動してくださって、『やっと会えました』って。だから多分監督の中では、あの時に『あっ、高坂新左衛門だ』ってなったんでしょうね。それを聞いて、監督のその表情を見て僕もウルッときました」
――役者冥利につきますよね
「そうですね。本当に奇跡みたいなことが起こっていて。安田監督が僕をたまたま見つけたこともそうですし、この本は監督が自分で書かれたんですけど、ご自身でもびっくりされているんですよ。『何でこれが書けたのか、自分でもびっくりしている』とおっしゃっているぐらいなので。
何かいろんなことが重なって、それは福本清三さんのことであったり、京都の時代劇のことであったり…多分何かが偶然奇跡的に結びついたとしか思えないです」
――“斬られ役”というと「5万回斬られた男」の異名を持つ福本清三さんが浮かびますね
「はい。これは監督が福本さんと出会って構想を始めた映画なので、福本さんがいなければできていなかったと思います。僕が京都に時代劇の撮影で行って、右も左もわからなかった時に最初に声をかけてくださったのが福本さんだったので、すごくご縁も感じています。
僕ももう51ですし、主役をこの年齢の無名の俳優にということって多分ないと思うんですよ。色々な奇跡がちょっとあまりにも繋がりすぎていて信じられないことが起きたという感じです。
構想は4年前からなので、監督も福本さんに出てほしいと思っていて出てもらうことになっていたんですよね。峰(蘭太郎)さんが演じた殺陣師の役だったんです。
福本さんが亡くなったので峰さんがやられたのですが、あの役は峰さんしかできないんです。峰さんは福本さんのお弟子さんですし、ほかの誰がやっても絶対『ノー』が出るはずなんですよ。それが、峰さんがやったことで何かが繋がって。そんなにピンポイントでハマるということってなかなかないと思うんです。監督も『本当に奇跡のような映画ですね』って言っていました」
――劇中で峰さんが着てらっしゃる道着は福本さんからいただいたものだそうですね
「そうなんです。だからスクリーンの中に福本さんがいますよね。僕が斬られ役をしているシーンでも福本さんがやってらした、大きくのけぞるというのもやらせていただきました」
――テレビを初めて見るシーンの表情の変化も印象的でした。どんどん変わっていって実際に見ているんだろうなって思わせますが、撮影時はグリーンの紙が貼ってあるだけだったとか
「そうです。でも、監督がこういうシーンでこういうのが映っていますって言っていたので、自分で勝手に頭の中で画を作って、それを見て泣いたり喜んだりしていました。僕の中では見えているんですけどね、その映像が。僕の中では監督の言われたままの映像があったので、実際には見てなかったということをあとで思い出したくらいです」
■国際映画祭で観客賞金賞受賞!海外の人に「時代劇」を喜んでもらい号泣

「侍タイムスリッパー」はカナダのファンタジア国際映画祭に出品され、観客賞金賞を受賞した。山口さんも映画祭に行ったという。
「向こうのコーディネーターの人は、監督賞、作品賞、主演男優賞とかの賞が獲れると思いますみたいなことをしきりに言っていたんですけど、何も獲れなかったんですよ(笑)。観客賞金賞は映画祭が終わった後、観客の投票で決まるので後日なんです」
――カナダの映画祭の雰囲気はいかがでした?
「もうずっと泣いていました。僕はお客さんが笑うたびに泣いていました。時代劇というものもそうですし、感情表現も海外の人とは違う。心で思っていることは人間だから多分一緒のはずだけど、そこが果たして伝わるのかなっていうところがやっぱり一番不安でした。字幕ですしね。
だけど、終始ゲラゲラ笑って立ち上がって途中で拍手が何回も起こっていて…ちょっと鳥肌が立ちました。それで、上映後に皆さんが拍手しながら立って迎えてくれた時には、恥ずかしながら号泣するという感じでした。
あれも感動的でしたね。舞台挨拶に行くたびに感動しているんですけど、お客さまが本当に喜んでくれているのがわかるので、毎回ウルウルしていますよ。今日はこういうことをしゃべろうとか思うんですけど、毎回ウルウルしてしまって申し訳ないなと。もういいかげん慣れて大丈夫だろうって思うんですけど、エンドロール後に拍手をしてくださっているのを聞くとそれだけで毎回感動しちゃって」
――これだけの勢いがある作品は、「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)以来なかったので、映画界にも弾みがつきそうですね
「そうなってくれて、もっともっと映画を日常に感じてもらえたらありがたいですよね、僕らの仕事としては。作っている人たちにしても」
――山口さんはまさに侍そのものという雰囲気で刀の重さを感じさせる立ち回りもすばらしかったです
「ありがとうございます。実際に真剣を振ったことはあるんですけど、意外にバランスがいいから振りやすいんですよ。でも、刀の重さを出すということでいうと、監督とやっぱり色々ディスカッションをしました。
本物の日本刀を持ってやっているのは現代でも流派によってはあるじゃないですか。監督はそれを持ってこられて、それはやっぱり刀の重さを感じますよね。本物でやっているので当然なんですけど。
ただ、監督とディスカッションしたのは心情が違う。そのスピードが早い遅いとか、刀の重さ云々というのは、僕は京都の人からいろいろ教わっているし、そこは多分操作しちゃいけないところだと思う。そこに1ミリでも脳みそが行っちゃうと、多分あのお侍さんではなくなっちゃう。
高坂新左衛門は、そんなことは絶対考えてないわけで、そこはからだに染み込んでいるって信用するしかないので、申し訳ないけど信用してほしいって言ったら、監督もわかりましたっておっしゃってくださって。だからもう本当に手探り状態で進んでいったという感じですかね」

――スクリーンでご覧になっていかがでした?
「『監督お見事!』って思いました。音の効果も含め、カットの画の構成も。相手役の冨家(ノリマサ)さんにも本当に感謝です。お互いにずっと見えない糸で繋がったままやっていて、それは冨家さんだからできたことで…というのも良かったなって思いました。
冨家さんとはこれまで作品として会ったことはあるんですけど、お互いにかつらをつけていて作り込みが激しくて、気づかず…ということがあったらしいです。こういう風にがっつりっていうのは初めてでしたけど、大好きな人です」
――毎晩3時ぐらいまで撮影していたそうですね
「そうです。それで4時とか5時に監督が撮影したばかりの映像を編集して送ってきてくれていたんです。それが映像として本当にきれいだし、よくできているのでみんなの気持ちも上がりましたよね」
――途中で資金難になって大変だったそうですね
「そう。結局スクリプターがいないことで映像が繋がらないわけですよ。監督が全部やっていたんですけど、繋がらなかったから追撮(追加撮影)が多々あって。それでどんどんどんどん資金も底をついてきて…。
最終的にはラストの立ち回りのところも3日ぐらいかかって撮っていたんですけど、監督はお金を出してプロデューサーの側面もあるし本当に大変だったと思います。この映画を作るために車も売ったと言っていました。僕らは芝居をして、ここはそのスピードではいけないからと時間をかけて撮ってもらっているし…。もうこんがらがっちゃっていましたね」
――でも、苦労された甲斐あって、とてもすてきな作品が完成しましたね
「それはもう安田監督とみんなが一丸となって寝ずにやって、あの画を撮ってくださった、あの本を作ってくれたからですよね。みんな何としてでもこの作品を世に送り出すんだという思いでやっただけで、多分それも奇跡なのかなって思います、本当に。
監督とも話したんですけど、こういうことはもう二度とないと思っているんですよ。オリジナルで監督がたまたま書けましたというインディーズ映画で、自分のお金で全部作る。で、10人足らずのスタッフで作っていって、それが完成して、1館から全国に広がっていくっていうこのストーリーは、もう二度とないじゃないですか。
次に監督が何かを作る時は、もう安田淳一監督として知られていて、無名の知らない監督ではないわけですよ。だから、この体験と経験というのは生涯に1度だけの経験だということを改めて思うと、何か寒気が走っちゃいましたね、監督と二人で」
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■自分が京都で教わったことを若い人たちに■自分が京都で教わったことを若い人たちに

10月27日(日)まで新橋演舞場で「劇走江戸鴉〜チャリンコ傾奇組〜」(脚本・演出:横内謙介)にお奉行・朝山伊右衛門之丞役で出演中。
――舞台公演に加え、映画のヒット御礼舞台挨拶もあって忙しい毎日が続いていますね
「はい。僕も果たして大丈夫かと思ったんですけど、演出が横内謙介さんという、僕も大好き方で、そこに出てくる若い人たちもエネルギッシュだし、そこを固める歌舞伎俳優の方や新派の方がいらっしゃる。
それで、若い人たちに僕が京都で教わった所作とかを教えて…という光景があるわけですよ。僕が歩んできたのと同じような光景が。それにまた感動しちゃって、やっぱりまだ続けてやっていけるって思えて。だから、今いる現場にいられて本当に良かったなって思います」
――山口さん演じるお奉行さまも自転車で花道を走りますが、花道の幅は意外と狭いので怖くないですか
「見ている方のほうが怖いと思います。やっている方は意外と大丈夫です(笑)」
――花道を全力疾走する場面もありますね。それで、お奉行さまは最後までいい人なのか悪い人なのかわからない
「そう。横内さんの仕掛けですよね。で、どこかで若い人たちと年齢がいった人たちがリンクするところがあって。政治に対する皮肉も込められていて、本当にエンターテインメントとしてそういうところも攻めているし、面白い作品だなって思います」
――結構長丁場ですね。私は日曜日に拝見させていただいたのですが、その日は昼夜2回公演でした
「そうですね、結構2回公演が続きます。体力的にはしんどいですけど、何とかギリギリ体調を維持して若い人に負けないようについていこうと思っています」
――今後はどのように考えてらっしゃいますか
「何も考えてないです。今考え途中です。ただ、前は仕事が来たら、求められているんだったら何でもやりたいと思っていたんですけど、これだけいろんな方に『侍タイムスリッパー』を見てもらって、『面白い!面白い!』って言ってもらうと、何か別の責任感が出てきちゃっていて。
でも、これが正しいかどうかもわかってないですけど、僕は来た仕事はとりあえず全部時間が合えばお受けしたいし、やりたいなって思っています。この映画の効果もあって、来年のお仕事も結構いただけているんですよね。ありがたいことに」
――私の周りだけでも映画のリピーターがいっぱいいますよ
「その現象が不思議で、びっくりしちゃいます、本当に。お客さんに聞くと、何か会いに来る感覚なんですって。よくわかってないんですけど、本当にありがたいなあって思います」
醸し出す雰囲気、言葉の端々にも誠実さが感じられ、スクリーンの高坂新左衛門と重なる。「侍タイムスリッパー」の勢いはとどまるところを知らず、現段階で全国309館の拡大公開が決定。さらに増えそう。舞台公演に加え、ヒット御礼舞台挨拶の忙しい日々がまだまだ続く。(津島令子)