ロシアのウクライナ侵攻の結末は?―想定される3つのシナリオ 外交、変革、そして…[2022/11/25 20:00]

「ウクライナの軍事的な勝利がすぐに起こる確率は高くはない」

アメリカ軍の制服組トップのミリー統合参謀本部議長の発言だ。
ロシア軍の後退や苦戦が伝えられるものの、ウクライナが求める自国領土からロシア軍が完全に撤退は、軍事的に極めて困難だと指摘している。

ウクライナの軍事的勝利も、ロシア軍の撤退も、すぐには起きないというなら、今後どうなっていくのか。考え得る3つのシナリオとその実現性を検証した。

特に3つ目は、解決というより、むしろさらなる悲劇につながりかねない懸念をはらんだシナリオだった。

【シナリオ1:外交による解決】―進められている非公式交渉

アメリカのサリバン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が、ロシアの高官と極秘で協議を続けていることが最近、報じられた。
アメリカ政府も報道を否定しなかったように、ロシアと欧米、ウクライナの間で様々なルートを通じて非公式な交渉が行われている。

 じつは現役の高官らだけではなく、元高官らも過去の人脈を生かして各国の間で連絡を取り合い必死に落としどころを探っている。外務省の元高官は、侵攻後、ウクライナやドイツなどを盛んに行き来していることを明かしてくれた。

■相容れない条件

 問題は、その落としどころだ。いくら話し合いを続けても、歩み寄りはなく平行線のままだ。
 単純化すれば、ウクライナは自国の領土からロシア軍が完全に撤退することを要求している。一方で、ロシアは一方的に編入を宣言した東部はロシア領だと変わらず主張していて、引き下がろうとはしない。
14年にロシアが編入したとしているクリミアの扱いも落としどころを見出しにくい課題だ。

また「停戦」は、再び攻撃を行うための時間稼ぎに過ぎないとロシアとウクライナの双方が疑っている。
この不信を払しょくし、停戦中に次の戦いを準備しないという確証をどう示せるか答えは見つかっていない。
「停戦」を再度戦闘が起こさない完全な「終戦」にするには「譲歩」しかないが、戦況で優位に立つとみられるウクライナが領土割譲をのむとは現状では考えられない。連日ウクライナ全土のインフラなどにミサイルの雨を降らせるロシアが動く可能性はあるのだろうか。

■ロシアの「停戦交渉」の課題は国内の説得

 「停戦交渉」の開始をロシア国民に納得させられるかも大きな課題だ。
ロシア政府関係者は、「ロジックをうまく構築し、プーチン氏のような強いリーダーが訴えれば多くのロシア人は納得する」と明かし、停戦交渉に備えてロシア国民を納得させるためのロジックの構築を行っていることをほのめかした。

ただ、停戦すれば実際の死者数なども明らかになるだろう。欧米が推定する数字がそのまま正しいとは限らないが、ロシア側の公式な数字よりははるかに多くの命が失われているであろうことは確かだ。
 多くの犠牲を払いながら、プーチン氏が大義名分として掲げているドンバス地方の安全も確保できていない。
プーチン氏の強固な支持層であり、「特別軍事作戦」を支持して来た「強硬派」からすれば、現状で「停戦」交渉を開始することは負けを認めるに等しく、プーチン氏が彼らを納得させることは簡単ではない。

【シナリオ2:ロシア国民による変革】

別のシナリオは、反戦・反体制派の圧力によるプーチン政権の路線変更だ。
プーチン氏が「戦争を今すぐやめなければ国が維持できない」と感じるまでにロシア国内で反戦運動が盛り上がれば当然、停戦交渉が始まる可能性は高くなる。
しかし、この8カ月間、ロシアのリベラル勢力は決定的な世論のうねりを生み出せずにいる。

■押しつぶされる反戦の声

 9月21日、プーチン氏が「部分的動員」を発表した夜、ロシア全土で反対デモが繰り広げられた。
「ビスナー(春)」という反政府組織が時間と場所を指定してSNSで呼びかけ、首都モスクワでは、中心地のアルバート通りが舞台となった。

予告された夜7時―。
すでに治安部隊が護送用の車両で周辺を取り囲んでいる。人は集まってはいたが、治安部隊に威圧され、誰もが黙ったままでデモは始まらない。

意を決した一人の男性がプラカードを掲げ反戦を訴えると、市民は堰を切ったように「戦争反対!」と叫び出す。その勢いは一気に広がり、周囲のカフェのドア付近に立っていた人たちまで次々と声を上げる。まるで叫ぶことで恐怖を打ち消すように治安部隊にひとり、またひとりと引きずられて行くたびに、市民の戦争に反対する声は大きく、強くなる。

しかし、治安部隊は容赦しない。
 声を上げ、抵抗する人は、男性だろうが女性だろうが、年寄だろうが関係なく護送車にひきずり混み、デモは数時間で鎮圧された。
それから数週間は幾度かデモは繰り返されたが、すぐに鎮圧され、しばらくするとデモの呼びかけさえなくなった。
 
■弱体化したリベラル勢力

「私たちはもはや、不満を表明し、何らかの形で当局に影響を与えるメカニズムを持っていないのです」
反戦運動にたずさわる地方議員は取材に対して現状をこう打ち明けた。
プーチン政権は、政権の意向にそぐわないメディアや組織を「外国エージェント」に指定するなどして圧力をかけ、何年もかけてリベラル勢力を弱体化させてきた。その結果だという。

「反戦集会への厳しい弾圧の後、反政府グループも市民に街頭に出るよう呼びかけなくなりました。人びとは恐れています。当局は抗議者に常に暴力と懲役刑で対応しています。今や、ソーシャルネットワークでの意見表明すらも危険で迫害の対象になっています」
 厳しい弾圧にさらされるロシア市民の抵抗の手段は限られている。
「街中にステッカーやポスターを貼ったり、落書きを描いたりして、反戦の意思があるのだということを街の中で示し続けています。戦争への全面的な支援の印象を作り出さないようにしています」

 声を出していないことは、決して肯定ではないと示し続ける。そうすることで、弾圧により消されかけた反戦のともし火を燃やし続けている。これが精いっぱいの対応なのだろう。
ロシアのリベラル勢力は今、「地下に潜り」体制の再構築を図っているという。
しかし、プーチン政権を揺れ動かすほどのインパクトを与えることはまだ時間を要することになりそうだ。

【シナリオ3:クレムリンの内部崩壊】

市民による外からの変革が進まないなか、政権の内からの変革というシナリオが現実味を帯びる。
侵攻に抗議して、5月に職を辞したロシアの元外交官のボリス・ボンダレフ氏は10月、アメリカの外交専門誌フォーリン・アフェアーズに寄稿し、ロシアが戦争に負けてくれば政権内部で責任の押し付け合いが始まり、プーチン体制の崩壊が始まると指摘している。

最近ではヘルソンからの撤退をめぐり、責任を逃れようとするようなクレムリンの対応は、プーチン氏が追い込まれつつあることをよく表している。
11月9日の夕方、ロシア国内のテレビが突如映し出したのは、スロビキン将軍からショイグ国防相への報告の様子だった。
スロビキン総司令官は戦況に関する一連の報告を行い、ヘルソンからの撤退を提案した。それを受け、ショイグ国防相が撤退を命令した。
ロシアにとっては、占領した重要な都市を失うという決定的な失態だ。

後日、ヘルソン撤退についてコメントを求められた大統領府のペスコフ報道官は「国防相の決定だ。コメントすることは無い」と述べた。
プーチン大統領ではなく、あくまでロシア軍の責任なのだと強調したのだ。あからさまに責任を回避しなければならないところに、すでにプーチン氏の弱さが表れている。

■エリートの反乱?―心中してまでプーチン氏を支えない

プーチン氏がとくに気を配っているのは、エリート層の動向だといわれている。
旧KGB出身者やオリガルヒと呼ばれる富豪らがプーチン氏と利害を共にして、ロシアを動かしてきていた。
重要なのは、エリート層は、心中してまでプーチン氏を支えるわけではないということだ。
彼らがこれまでプーチン氏をささえてきたのは、プーチン氏に従うかぎり経済が安定して成長するとみなしてきたからだ。彼らはプーチン氏が大統領でいる方が、経済が発展し自分たちの安定が得られると思ってきたから同調してきた。

しかし、今回の「特別軍事作戦」をめぐって、その歯車が狂い、プーチン氏はむしろ安定を脅かす存在になっているとエリート層は気づきだしている。

例えば、プーチン政権下でも有力だった実業家のオレグ・ティンコフ氏は、侵攻後ロシアから出国し「プーチン氏のファシズムとは付き合えない」などとプーチン氏を痛烈に批判している。ティンコフ氏は、ロシア国籍を捨て、他のオリガルヒ達にも、自分に続くようにメッセージを送った。
一見強固に見える政権も絶えず緊張感をはらんでいるのだ。
プーチン氏を支えることで一致していたとしても、誰かが立ち上がったとたんに雪崩を打つように権力構造が一変する可能性もある。
そして、元外交官のボンダレフ氏はその雪崩が更なる悲劇を引き起こすかもしれないというのだ。

■さらなる悪夢の可能性−内戦も?

ボンダレフ氏は、プーチン政権崩壊が混乱を招き、さらなる悲劇の幕開けとなる事態すら警戒する。
プーチン氏の回りには旧KGB出身者ら強硬派が顔をそろえる。
チェチェン共和国のカディロフ首長や民間軍事会社「ワグネル」創設者のプリゴジン氏はロシア軍の失態を声高に批判し、政権内での影響力を拡大している。

ボンダレフ氏は、プーチン氏が権力の座を追われた場合、彼らの様な強硬派が主導権を握り、プーチン氏を超える過激な路線を進む危険性があり、それがロシア国内に内戦をもたらす可能性があるという。
世界最大の国家であるロシア連邦の内戦は、経済、エネルギー、核兵器の管理も含めて国際社会にさらなる大混乱をもたらしかねない。

ロシアが内戦状態に陥るのではないかという懸念はボンダレフ氏だけのものではない。
クレムリンの担当記者ですらその可能性を指摘しているのだ。

10月14日、独立系の歴史ある全国紙「コメルサント」のベテラン記者はプーチン氏に直接こう質問した。
「ウクライナは国家として存在できると思いますか?そしてロシアは?」
記者は2度繰り返して尋ねたが、プーチン氏はウクライナを崩壊させようとしているわけでないなどと述べ、ついにロシアが存続するかどうかについては答えなかった。

ANN取材団

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