「支援がなければ自分たちで戦う」 欧米“支援疲”とゼレンスキー大統領の苛立ち

[2023/11/11 18:00]

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■「あなたたちの支援なしでわれわれは戦う」

 ゼレンスキー大統領の危機感と焦燥は日増しに強くなっているようだ。11月8日のロイターとのインタビューで、「もし来年トランプが大統領に返り咲いたらどうするか」と聞かれたゼレンスキー大統領は、苛立った様子でこう答えた。「もし米国議会やホワイトハウスがウクライナ支援策を変更するなら、こう言おう――わかった、それならあなたたちの支援なしでわれわれは戦う」。

 ガザでの悲惨な状況が連日のように伝えられ、世界の関心はパレスチナにシフトしている。東京で開かれたG7外相会議ではウクライナへの支援継続が確認されたが、いまや各国でウクライナ戦争への関心は薄れ、支援の成り行きはますます不透明になっている。

(元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈喜一)

■「支援の96%は使い果たした」

ゼレンスキー大統領(左)とバイデン大統領(右)(代表撮影ロイター/アフロ)
ゼレンスキー大統領(左)とバイデン大統領(右)(代表撮影ロイター/アフロ)

米国のカービー国家安全保障会議戦略広報調整官は、ロシアの侵攻開始以降、ウクライナ支援に当てられた600億ドル(約9兆円)の財政手段のうち、バイデン政権はすでに96パーセントを使い果たしたことを明らかにした。

これは軍事だけでなく財政・経済、人道支援を含んでいる。軍事支援に限ってもすでに90%は支出済みで、ペンタゴンに残るのは11億ドル(約1650億円)のみだと言う。

ホワイトハウスのジャン・ピエール報道官によれば、大統領が決断すれば実施可能な支援であるPDA(緊急時大統領在庫引き出し権)で残っているのは1億250万ドル(約187億円)、武器の生産を発注できるUSAI(ウクライナ安全保障支援イニシアチブ)は3億ドル(約450億円)にすぎず、「USAIは底をつく。PDAも小出しに使っていくしかない」と危機感をあらわにした。

イスラエルとハマスが衝突(ロイター/アフロ)
イスラエルとハマスが衝突(ロイター/アフロ)

にもかかわらず、バイデン政権が10月20日に議会に提出したウクライナとイスラエルへの新たな支援パッケージ、総計1060億ドル(約15兆円)の支援策は、共和党が多数を占める下院で骨抜きにされ、イスラエルへの143億ドル(約2兆2000億円)緊急支援法案のみが採択された。

これに対して11月7日、上院で多数を占める民主党がこのイスラエル緊急支援法案を否決した。この米国議会の党派的分断によって、結局、イスラエルへの支援もウクライナへの614億ドル規模(約9兆2000億円)の支援も滞っているのが現状だ。

トランプ派下院議長マイケル・ジョンソン(AP/アフロ)
トランプ派下院議長マイケル・ジョンソン(AP/アフロ)

 もともと共和党の古参議員は「反ロシア」の機運が強いために超党派でのウクライナ支援が続いてきたのだが、トランプ支持派は、新たなウクライナ支援を拒否する姿勢を打ち出している。

■「実際、疲れている。出口が必要だ」

“ロシア寄り”とされるハンガリーのオルバン首相(AP/アフロ)
“ロシア寄り”とされるハンガリーのオルバン首相(AP/アフロ)

 最大のウクライナ支援国である米国が袋小路に陥っているのに加えて、欧州各国でも「ウクライナ支援疲れ」は目に見えて広がっている。

 イタリアのメローニ首相は、アフリカ連合高官を装ったロシア人からの偽電話に「実際、疲れている。出口が必要だ」と答え、思わず本音を吐露して火消しに追われた。

 当初からロシア制裁に反対し、「ウクライナが戦場で勝利することは不可能だ。プーチンと〈ディール〉(取引)するしかない」としてロシア寄りの姿勢をとり続けているハンガリーのオルバン首相は、EUの500億ユーロ(約8兆円)の支援案に拒否権を使うと見られている。

「援助の査定が必要だ。ウクライナでは汚職などのリスク要因が大きい」というのがその理由だ。

 また、スロバキアで権力に返り咲いたロベルト・フィツォ首相も「ウクライナ支援を止め、インフレから安全保障まで、自国の国内問題の解決に資金をあてる」と言い続け、有権者の愛国心をすくいあげた。

就任直後のEUの会議ではウクライナ支援策に同意するなど、言動の揺れは激しいが、スロバキアは石油、天然ガスを全面的にロシアに依存してきており、来年には契約更新を迎える予定だ。

■「武器が届いても、ウクライナにはそれを使う兵士がいない」

ロシアがウクライナに侵攻 東部ドネツク州で攻防(ロイター/アフロ)
ロシアがウクライナに侵攻 東部ドネツク州で攻防(ロイター/アフロ)

 しかし、ウクライナで問題なのは「欧米の支援疲れ」だけではない。兵士の動員が滞っているため戦闘部隊のローテーションが進まず、武器弾薬の不足とともに兵士不足が深刻になっていることだ。

米国の雑誌「タイム」は、ゼレンスキーの側近の言葉を引き、「たとえ米国や支援国が約束した武器が届いたとしても、ウクライナにはそれを使う兵士がいない」と、兵力不足の深刻さに警鐘を鳴らした。

■動員逃れの賄賂横行 徴兵事務所責任者を全員解任

キーウのマイダン広場(ZUMA Press/アフロ)
キーウのマイダン広場(ZUMA Press/アフロ)

 兵役忌避の風潮が広がり、動員逃れの賄賂が横行し、8月にゼレンスキー大統領はウクライナ全土の徴兵事務所の責任者全員を解任したほどだ。

侵攻直後のゼレンスキー大統領の役割は世界中で共感の輪を作り出すことだった。しかしイスラエルとパレスチナの紛争でゼレンスキー大統領が「ロシアとハマスは同じ悪だ」と語り、早々にイスラエルへの全面的支持を発表したことによって、ゼレンスキーは、これまでの支援国の社会に「戦争の大義」と「感情の共感」のねじれを作り出してしまった。

厳しい冬を前にロシアが再びエネルギー関連施設への大規模攻撃を計画していると言われるなか、ウクライナは国内外の危機を迎えている。

  • ゼレンスキー大統領(Ukraine Presidency/Best Image/アフロ)
  • ゼレンスキー大統領(左)とバイデン大統領(右)(代表撮影ロイター/アフロ)
  • イスラエルとハマスが衝突(ロイター/アフロ)
  • トランプ派下院議長マイケル・ジョンソン(AP/アフロ)
  • “ロシア寄り”とされるハンガリーのオルバン首相(AP/アフロ)
  • ロシアがウクライナに侵攻 東部ドネツク州で攻防(ロイター/アフロ)
  • キーウのマイダン広場(ZUMA Press/アフロ)

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