ガザ攻撃で深まるウクライナ支援国の分断と離反 ゼレンスキー大統領は苦渋の発言修正

[2023/11/01 18:00]

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 ガザをめぐるイスラエルとハマスの激しい戦闘で、ウクライナ情勢への関心は薄れつつあるのが現状だ。しかし東部アウディイフカでは今年1月のバフムト以来の激戦が続き、ロシアのミサイル攻撃によって、日々多くの市民が犠牲になっている。こうしたなか、パレスチナ情勢は、ウクライナ支援を続けてきた国々をも分断し、今後の支援の行方に大きな影を投げかけている。

(元テレビ朝日モスクワ支局長 武隈喜一)

ハマスとロシアは「同じ悪」 「世界は結束連帯を」

自撮りでイスラエルへの連帯を表明 2023年10月7日

 ハマスのロケット砲攻撃の直後の10月7日、ウクライナのゼレンスキー大統領は「世界は結束と連帯のもとに立ち上がり、テロが二度と生命を奪ったり壊したりすることがないようにしなければならない。イスラエルの自衛権は、疑う余地がない」とする声明を出してイスラエルへの連帯を表明した。翌日にはネタニヤフ首相に電話し、直接弔意と連帯を伝えている。

  また9日にはNATO加盟国国会議員会議に寄せた動画メッセージでゼレンスキー大統領は、ハマスとロシアは「同じ悪であり、違いはイスラエルを攻撃したテロリスト集団とウクライナを攻撃したテロリスト国家だというにすぎない」と述べ、「世界の結束を弱めるため中東で戦争をあおることはロシアの利益になる」とアピールしている。

襲撃されたキブツ 2023年10月30日

 ハマスの集中的なロケット攻撃や越境してきた戦闘員によって1000人を超えるイスラエル市民が犠牲となり、220人の一般市民が人質に取られたこの時点では、ゼレンスキー大統領のこのアピールは欧米向けだけでなく、グローバルサウスをはじめ世界の国々に向けられたものだった。

「ケダモノと戦っている」 風向きを変えた発言とガザの惨状

兵士の前で演説するイスラエルのガラント国防相 2023年10月10日

 しかし、同じ10月9日、イスラエルがガザ地区の「完全封鎖」作戦を宣言して電気、食料、水、ガスを止め、ガラント国防相が「わたしたちはケダモノと戦っているのだ」と言い放ってガザへの苛烈な空爆を始めるに至って、ガザ市民の悲惨な映像がSNSやメディアを通じて世界中に流れ始めると、ゼレンスキー大統領のメッセージは「世界の結束」を固めるどころか、世界の分断を明瞭にし、これまでのウクライナ支援の行方を混沌とさせることになった。

ガザ北部 2023年10月31日 ロイター/アフロ
瓦礫の下からみつかった子どもはすでに亡くなっていた ガザ中部 2023年10月31日 AP/アフロ

 トルコやサウジアラビア、カタールなど、ウクライナへの支援を続けてきた国々が、イスラエルのガザへの無差別空爆を非難するだけでなく、「ウクライナでの民間人の犠牲を非難してきた欧米諸国がイスラエルに対して黙っているのはダブルスタンダードではないか」として、反イスラエルの立場を鮮明にした。

トルコのエルドアン大統領 10月28日

 ロシアが穀物合意から抜けた際、黒海の穀物運搬船の安全を保証し、ウクライナの穀物輸出を可能にした最大の功績国はトルコだったし、今年8月に、グローバルサウスの国々への外交攻勢を目論むウクライナに手を差し伸べ、二回目のウクライナ和平会議の場を提供したのはサウジアラビアだった。サウジは両国の捕虜の交換にも大きな役割を果たしている。さらにウクライナから連れ去られた子供たちの帰還に積極的に動いたのはカタールだった。

スタンス修正を余儀なくされたゼレンスキー大統領

演説するゼレンスキー大統領 2023年10月30日

アラブとイスラムの国々にとっては、いまやイスラエルはロシアと同じ無慈悲な「民間人を殺害する戦争犯罪人」に見えているにもかかわらず、ゼレンスキー大統領としては「イスラエルはロシアがウクライナでやっていることと同じことをガザでしている」と訴えかけることはできない立場だ。

 これまでにガザでは少なくとも21人のウクライナ人の死亡が確認されているが、ゼレンスキー大統領が市民の保護と攻撃がエスカレートしないよう訴えかけたのは、事態が起きてから10日後だった。

国連総会緊急特別会合 2023年10月27日

逆に、ハマスを批判せず、ガザの惨状を「米国の中東政策の失敗だ」と言いきるプーチン大統領は、明らかに中東諸国との橋頭保を築こうとしている。

10月27日の国連総会での「人道休戦決議」でハマスのテロ行為の責任を明記しないヨルダン案に賛成したアラブ諸国、中国、ブラジルなど121か国の多くは潜在的にロシア支持の勢力になりうる、とロシアは見ている。

ウクライナ支援に離反の動き

スロバキア フィツオ首相 2023年10月2日

 イスラエルとガザを巡る分断だけではなく、ウクライナへの今後の軍事支援を不透明にしている別の要因もある。

隣国スロバキアの9月の総選挙で、ウクライナへの武器の供与を停止することを明言していたロベルト・フィツォ新首相が誕生し、ロシア寄りの政策が懸念されることだ

フィツォ新首相は就任早々「スロバキアにはウクライナよりも問題が山積している」と発言し、ウクライナへの今後の支援に疑問を呈している。

ウクライナ東部の激戦地アウディイフカ 2023年10月10日

 また、隣国ハンガリーのオルバン首相は10月に北京で開かれた「一帯一路」フォーラムでプーチン大統領と会談したが、オルバン首相はEUによる500億ユーロ規模のウクライナ支援の中止を画策している。EUの支援パッケージは12月に採決される予定だが、27か国の全会一致が支援実施の条件となっている。

アメリカでも支援継続は視界不良

ジョンソン米下院議長 2023年10月26日

 さらに、米国下院で混乱の末に新しい議長に選出されたトランプ支持派の共和党マイク・ジョンソン氏は、これまでウクライナ支援をめぐる下院の6回の採決ですべて反対票を投じている。

米国ではこの間、一度も使われなかったとはいえ、2022年に採択された「ウクライナ民主主義防衛レンドリース法(武器貸与法)」もすでに今年9月末で切れており、今後の新たなウクライナ支援を巡っては視界が晴れないままだ。

プーチン大統領 2023年10月31日

 1990年代の混乱するロシアで、プーチン大統領は西側の民主主義、自由主義の身勝手さを骨身にしみて経験してきた。「民主主義」を標榜する西側は、選挙での政権維持に腐心せざるをえず、不安定な民意などというものは、戦争の長期化によるエネルギーの高騰や穀物不足に音を上げ、そのうち自国利益中心に変わり、ウクライナへの支援も先細っていくに違いない、欧米の言う「民主主義」などその程度のものだ、とタカをくくりながら長期戦を睨んでいるのだろう。

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