ナワリヌイ氏の葬儀が「反戦デモ」に―群衆の中で聞いた”不服従”の声「諦めない」

[2024/03/05 20:15]

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3月1日、冬の分厚い灰色の雲に覆われたモスクワ南東部「悲しみの癒し」教会。
2月16日に獄中で死亡したロシアの反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の葬儀には大方の想定を超える多くの市民が集まっていた。
独立系の調査プロジェクト「ホワイト・カウント」によれば、その数は少なくとも1万6500人に上るという。

驚くのは、その人数の多さだけではない。
集まった人たちは、葬儀が行われた教会から埋葬先の墓地までおよそ3キロの距離を「反戦」のシュプレヒコールを上げて行進したのだ。
その間、治安部隊はほとんど実力を行使しなかった。むしろ交通を整理し、年寄りを気遣った。
こんなことは、プーチン政権によるウクライナ侵攻後の2年間ではじめての出来事だ。

現場では、一体なにが起こっていただろうか?
集まった人々はどのような気持ちでやってきて、そしてどのような思いを共有したのだろうか?
人びとの息づかいは、ロシアが大きく変わりつつあることを予感させるものだった。

◆教会を包み込んだシュプレヒコール

人の集まりは早かった。

葬儀は午後2時開始予定だったが、午前11時にはすでにモスクワ市南部マリイノ地区にある教会には葬儀に参列しようと長蛇の列ができていた。
列に並んでいる中年の女性は、やってきた理由を「市民の義務だと考えているからです」と胸を張った。

ナワリヌイ氏が求めたようにロシアの社会を変えることが可能だと思うかと尋ねると、こう答えた。

「おそらく可能でしょう。ただし難しいです」
続々と投入される治安部隊

午後1時45分ごろ、ナワリヌイ氏の棺(ひつぎ)を載せた霊柩車が、群衆と治安部隊の隙間を縫うようにして教会に到着した。
霊柩車から棺が出され教会に運び込まれる様子は、100メートルほど離れたところにいた群衆の目にも入った。

みな静まり返り、固唾をのんで棺の行方を目で追っていた。
その時、不意に声が上がった。

「ナーワーリヌイ!ナーワーリヌイ!ナーワーリヌイ!」

とっさに声の方を向くと、ピンクの2本のバラをわきに抱えた男性が棺に向かって叫んでいる。そのかけ声はまるで波のように周囲の人々に広がっていく。
あっという間に教会の反対側に並んでいる群衆にまで伝わり、大合唱となる。

振り向くと、右隣の老女は手で口を覆い顔を真っ赤にして嗚咽するようにナワリヌイ氏の名前を呼んでいる。

大量の治安部隊が教会周辺を固める

群衆の目の前には、機動隊員が隊列を作ってにらみをきかせている。
黒いフェイスマスクで顔を覆い、分厚い防弾チョッキを着て、警棒を持った機動隊員の姿は立っているだけで威圧的だ。
さらに時間を追うごとに周辺に待機していた機動隊員が次々と投入される。

だが、掛け声の内容は、徐々に激しさを増す。

「君は恐れなかった、私たちも恐れない!」

シュプレヒコールの波がいったん収まると、また他の誰かが別の掛け声を上げる。

「屈さない!あきらめない!」
「許さない!」

言葉の多くは、ナワリヌイ氏が生前にロシアの人びとに語り掛けていたものだ。
プーチン政権に対峙してきたナワリヌイ氏の遺志を継ごうとする意志だとも読み取れる。
その言葉を集まった何千もの人々が力を込めて発している。

ナワリヌイ氏の葬儀が限られた関係者のみで教会内で行われている間中、集まった人々は声を上げ続けた。
ともに声を発することで、奇妙な一体感に包まれる。

興奮を隠しきれない男性が、誰かに電話をかけ始めた。友人か恋人のようだ。

「思った通りだ。インターネットは全く使えない。今すぐこの映像を送ってあげたいんだけど、ネットが使えないんだ。後で必ず送るよ」

男性が言う通り、葬儀会場周辺は妨害電波が出されているようで、インターネットはほとんど機能しなかった。
加えて、黒づくめの男たちがビデオカメラを観衆に向けて撮影している。
顔認証で、身元を割り出そうとしているのだろう。

それでも、人々は声を上げ続け、いつしか、直接反戦のメッセージへと変わっていた。

「戦争反対!戦争反対!」

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◆葬儀からデモ行進へ

◆葬儀からデモ行進へ

老女は泣いていた

教会の中で執り行われた葬儀は20分程度と短かった。

集まった市民らのほんの一部しか教会の中に入れないうちに、再び棺が霊柩車に積まれた。

墓地へ向かう霊柩車の屋根には投げられた花がのっていた

葬儀の前日、ナワリヌイ氏の広報担当のキラ・ヤルミシュ氏はSNSに「教会から墓地への行き方」とだけ記して簡単な地図をアップしていた。
霊柩車が3キロ南にあるボリソフスコエ墓地へと出発すると、ナワリヌイ氏のチームの狙い通りのことが起こった。

行進を始めた人びとと治安部隊

教会に集まった人たちが、霊柩車を追うようにシュプレヒコールを上げながら墓地へと歩き始めた。まさに大移動だ。

群衆は、どんよりと重たい灰色の冬空の中を、赤、黄色、白、色とりどりの花を頭上に掲げながら、「戦争反対!」「ロシアは自由になるんだ!」「プーチンはロシアではない」と声を上げながら墓地へと歩いた。

人々は花を頭上に掲げて行進を始める

ナワリヌイ氏の葬儀は、事実上の「反戦・反プーチンデモ」になっていた。

◆「何万人もいる!」男性は興奮を隠せなかった

人々は花を頭上に掲げて行進を始める

一体、どれほどの人が行進を始めたのか、その時、現場では全く分からなかった。

「何千人くらいるのだろう?」

思わずつぶやくと、隣にいた男性が興奮気味に語りかけてくる。

「“千”じゃない、少なくとも1万はいるよ。
さっき数えたらあの一角だけで200人いたんだ。
あそこだけで200だ。その50倍はくだらないだろ。
教会の裏側にももっとたくさんの人がいるんだ。もっとたくさん来ている!」
ウクライナカラーの服を着た赤ちゃんの姿も

厳しい弾圧にもかかわらず、これだけの人が集まったのは、ロシア社会に「反戦」「反プーチン」の世論が高まっていることを示している。

「ロシアは変わると思いますか?」
「わからない。わからないけれど、まだあいつら(治安部隊)は手出しをしていない。
これだけ集まると手出しをできないんじゃないか」

男性は、治安部隊を指さしながら小声で、早口に言った。

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◆クールな金髪の青年

◆クールな金髪の青年

頭上に花を掲げる人びと

そんな会話が気に障ったのか、近くにいた金髪の青年は少し冷めた様子で言った。

「ネムツォフですら変えられなかったんだ」

その青年は、かつてプーチン氏の政敵だった野党指導者ボリス・ネムツォフ氏の支持者で、彼が9年前に暗殺された際には、抗議活動に積極的に参加していたという。
しかし、その活動も厳しい弾圧により潰された。

それ以来、青年はプーチン支持でもなく、野党支持でもなく、政治から距離を置いてきたという。
それでも、ナワリヌイ氏の葬儀がどれほどのものなのか、興味をひかれて見に来たそうだ。

「思ったより多いな…」

そうつぶやき、行進する人の波にじっと見入っていた。

◆ナワリヌイ氏を支持するわけではないけれど…

声を上げる群衆から少し離れたところに紫の花を握りしめている髭の男性がいた。

話しかけると、コートの上着でさっと顔を隠し、「危険には巻き込まれたくないんだ」という。
葬儀の場に来ることも悩んだ末のことだったようだ。
それでも、質問に応じてくれた。

彼は、ナワリヌイ氏のやっていることに100%賛成しているわけではないという。
そしてこう続ける。

「盗人プーチンにこれだけの手を焼かせたという点において、アレクセイ・ナワリヌイは、尊敬に値します。彼は犠牲を払う覚悟があったのです。
だから、この行為は彼へのオマージュです」

ナワリヌイ氏は、自らの命を懸けてプーチンと対峙した。
自らもたとえ危険でも葬儀に参加することがナワリヌイ氏への追悼なのだと思ったようだ。

これまで、ナワリヌイ氏の行動に同情をしつつ、しかしただ遠巻きに見ていただけだった人たちも、いてもたってもいられず、花を手向けにやってきているようだ。

◆市民が治安部隊を凌駕した?

治安部隊は地下鉄へ向かうよう促すが

「反戦」を叫ぶ群衆が、墓地へと近づくと、治安部隊の数も一気に増える。

完全武装をした機動隊員が道なりにずらりと並んでいる。
警察は拡声器で、地下鉄の駅へ向かうよう繰り返す。
しかし、献花にやってくる人の波は絶えない。
まるで機動隊員らを無視するかのように、墓地を目指す。

墓地周辺にたまった人々は反戦のメッセージを繰り返し叫んだ

独立系メディアによると、夜9時には警察は墓地を閉めるとアナウンスを始めたが、抵抗する人々に押され、そのまま墓地を開放し続けることになったという。

◆プーチン政権が葬儀を許した謎

地下鉄の駅から続々と人がやってくる

ロシアの治安当局は、デモなどを未然に防ぐ狙いで、法律で「無許可の集会」を禁止している。
たとえそれがどう見ても「集会」でなくても、複数の人が集まり「反戦」の声を上げるなどすれば、途端に違法な集会だとみなして拘束してきた。

しかし意外にもナワリヌイ氏の葬儀では、治安部隊はほとんど実力を行使しなかった。
治安部隊が大規模な行進を事実上認めたのがなぜなのかはわからない。

集まった人数が想定以上に多く、弾圧をすれば事態が悪化すると考えたのだろうか?
あるいは、あえてナワリヌイ氏の支持者を割り出したのかもしれない。

教会と墓地には事前に多数の監視カメラが設置され、黒い服に身を包んだ何人もの男たちが熱心にビデオカメラで群衆を撮影していたのは不気味だ。
顔認証システムで身元を割り出すことは難しくなく、今後、身元を特定された人が職場などで圧力を受ける可能性も捨てきれない。

ただ、当局は当初拒んだものの、ナワリヌイ氏の母リュドミラさんの芯の強い交渉により、結局は遺体を引き渡した。
また、モスクワでの葬儀の実施を認めたことなどからも、政権側が絶対的ではなく、反体制側の意向を飲み込まざるをえない状況になっているとも読み取れる。

ナワリヌイ氏の埋葬後の翌日以降も、献花は続いている。
墓は週末には完全に花で埋まってしまった。
3月4日、月曜の昼間にもかかわらず、人々は墓に足を運び、花を供えていた。

そして、だれもが「来なければならないと思った」と口をそろえた。

◆大統領選挙当日に勝負をかけるナワリヌイ氏陣営

3月4日月曜日も人々は墓地に献花を続けた

ナワリヌイ氏のチームは今、3月17日、モスクワ時間の正午に大統領選挙の投票に来るように呼びかけている。

表立ってデモを呼びかければ、治安部隊は力づくで、開催自体をつぶしにかかる。
おととし9月にはデモを計画してSNSで時間と場所を告げ、参加を呼び掛けると、その時刻になる前から治安部隊が圧倒的な数でやってくる人々を次々に拘束し、人が集まることすら許さなかった。

だから「大統領選挙のための署名」や「献花」、「葬儀」といった政権が拒否することができない場を利用してナワリヌイ氏のチームは「反戦」「反プーチン」の意志を示すという手段を用いてきた。
次のチャンスが「大統領選挙への投票」だ。

ロシアの国民は誰もが、投票期間に投票所に行く権利を有している。この権利を最大限利用して意思を示そうというのが、17日正午の投票行動の意味だ。
職場などで電子投票を強要されたとしても、12時に投票所に集まってほしいと呼びかけている。

17日モスクワ時間の正午にロシア全土の投票所に人びとが集結した時、どのような事態が起こるのだろうか。
それはロシアの分かれ道となるかもしれない。

【ANN取材団】

  • 予定の時刻前から教会の周辺まで人で埋まった
  • 続々と投入される治安部隊
  • 大量の治安部隊が教会周辺を固める
  • 老女は泣いていた
  • 墓地へ向かう霊柩車の屋根には投げられた花がのっていた
  • 行進を始めた人びとと治安部隊
  • 人々は花を頭上に掲げて行進を始める
  • 人々は花を頭上に掲げて行進を始める
  • ウクライナカラーの服を着た赤ちゃんの姿も
  • 頭上に花を掲げる人びと
  • 治安部隊は地下鉄へ向かうよう促すが
  • 墓地周辺にたまった人々は反戦のメッセージを繰り返し叫んだ
  • 地下鉄の駅から続々と人がやってくる
  • 3月4日月曜日も人々は墓地に献花を続けた

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