イラン訪問中のハマス最高指導者イスマイル・ハニヤ氏が暗殺され、イランはイスラエルへの報復を宣言した。近く攻撃に踏み切るとの見方が強まり、戦火の拡大が懸念されているが、同時に、イランが深刻なジレンマに陥っていると専門家は指摘する。
1)ハニヤ氏の暗殺が引き金に… イラン報復攻撃の現実味
暗殺されたハニヤ氏は2006年にパレスチナ自治政府の首相に任命され、2017年にハマスのトップに就任。直近では、イスラエルとの停戦交渉で窓口役を務めていた。
7月30日イランの首都テヘランを訪れ、最高指導者のハメネイ師や新大統領と会談した後、翌日未明に滞在していた軍のゲストハウスで殺害されたとされている。
新大統領就任式典に国外から招いた同盟組織の賓客を自国の首都で殺害されたイラン。最高指導者のハメネイ師は、「イランの領土で起きた、この苦難の事件において、ハニヤ氏の血で報いることが我々の義務である」と述べ、イスラエルへの報復を宣言した。
イランを中心に中東地域の安全保障を研究している田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)は、イスラエルによって、イランは行動を起こさざるを得ない状況に追い込まれたと分析をする。
杉山晋輔氏(元駐米大使)は、ハニヤ氏暗殺がもたらす影響を以下のように語った。
こうした事態を受け、アメリカも動き出した。オースティン国防長官は8月2日、イスラエルを防衛するため、弾道ミサイル防衛能力を持つ巡洋艦と駆逐艦の派遣を命じた。戦闘機部隊を追加派遣するほか、空母打撃軍も中東地域に配備している。
杉山晋輔氏(元駐米大使)は、空母打撃軍の派遣について以下のように分析した。
末延吉正氏(元テレビ朝日政治部長)は、報復攻撃を仕掛けるにあたり、イランは、イスラエル国内での足元が揺らぐネタニヤフ政権がどう反応するかを見誤らないことが重要と指摘した。田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)も、イランは難しい判断を迫られていると、以下のように分析した。
2)報復攻撃は差し迫っているのか 親イラン勢力を巻き込み同時攻撃の恐れも
ニューヨークタイムズは、イランの政府関係者の話として、最高指導者ハメネイ師が緊急の会合でイスラエルを攻撃するよう命令したと報じた。
報復の時期は非常に差し迫っているとされ、CNNによれば、アメリカ当局者は予想されるイランの攻撃は数日中に発生する可能性があり、アメリカはそれがどのように実行されるか兆候を注意深く観察している、と述べたという。
田中浩一郎氏(慶応義塾大学教授)は、報復の烈度は4月の攻撃時を上回ると予測する。
しかし今回、犠牲になったのは同盟組織から招いた賓客であり、彼らに代わって報復しないといけない状況だ。さらに、4月の衝突時の攻撃では、双方が抑止力を確認しあった格好だったが、今回の件で、イスラエルに対するイランの抑止力が効いていないことになる。イランとしては、より強力な攻撃で牽制をかけなければ、抑止力を回復できない状況に追い込まれた。
アメリカの戦争研究所は1日、「レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派、イラクとシリアではイランが支援する民兵が、イスラエルの防空網に負担をかけるために、ドローンとミサイルによる複合攻撃を同時に仕掛ける可能性がある。そうなれば、イランは、より近くからイスラエルを攻撃することが可能になる」としている。
次のページは
3)軍事衝突回避の鍵になるものは?「重要なのが外交努力」3)軍事衝突回避の鍵になるものは?「重要なのが外交努力」
イスラエルによる攻撃はハマスに対してだけではない。ハニヤ氏暗殺の前日の7月30日、イスラエル軍はレバノンの首都ベイルートの住宅街を空爆。その空爆でレバノンに拠点を置く親イラン武装組織ヒズボラの司令官を殺害したと発表した。攻撃の理由は、7月27日、ヒズボラによるゴラン高原へのロケット弾攻撃で、子どもなど12人が死亡したことへの報復だとしている。
戦火の拡大が同時進行で懸念される中、杉山晋輔氏(元駐米大使)は、外交の重要性を強調した。
そのために今、最も重要なのが外交努力だ。過度な自信を持つのは良くないが、日本自身が冷静な外交努力をすることは大事だ。日本はイランとも伝統的な友好関係があり、イスラエルとの関係もいい。さらにはアメリカが唯一の同盟国でもある。イランと直接外交関係がないアメリカに代わって、日本が果たせる役割があるとすれば、それを一生懸命やっていくことが極めて重要と思う。
さらに末延吉正氏(元テレビ朝日政治部長)は、2019年、ホルムズ海峡の緊張が高まる中で、安倍総理(当時)がイランを訪問したことを取り上げ、今回も外交の役割が改めて重要になると指摘し、以下のように述べた。
<出演者プロフィール>
杉山晋輔(元駐米大使。外務省入省後に審議官、事務次官などの要職を歴任。トランプ政権や米議会の要人と緊密関係を構築)
田中浩一郎(慶応義塾大学教授。在イラン日本大使館で専門調査員。国連政務官を経験。イランを中心に、中東地域の安全保障などを研究)
末延吉正(元テレビ朝日政治部長。ジャーナリスト。永田町や霞が関に独自の情報網を持つ。湾岸戦争などで各国を取材し、国際問題に精通)
(「BS朝日 日曜スクープ」2024年8月4日放送分より)