“子ども食堂”から旅立つ高校3年生 密着3年…“人情お父さん”との絆と別れ
スーパーJチャンネル
[2024/04/06 17:00]
密着3年、子ども食堂を運営する“人情お父さん”と、ひとつ屋根の下で生活する高校生・パワー君。実の親子のような生活に“別れ”がやってきました。子ども食堂で育まれた2人の絆…旅立ちの春を追跡しました。
■7年前から「ながや」を運営
豪快にダンクシュートを決める高校3年生。ジョーンズ・パワーくん(18)。
「バスケットボールでプロになって、お金を稼ぐことを考えている」
夢はプロバスケットボールの選手。189センチの長身を生かして、現在、プロチームの下部組織のキャプテンを任されています。
「プロに近づいている。正しいステップを踏んでいると実感している」
パワーくんに初めて会ったのは、ながやに来て半年ほどたった3年前。当時は、顔を隠すことを条件に取材に応じてくれました。
高校1年生のパワーくんは、厳しい家庭環境の中で生活をしていました。
「(当時は)家族みんな、何日間かご飯食べられなかった。覚えているだけで(連続で)4日間ですね」
パワーくんが3歳のころ、アメリカ人の父親と日本人の母親が離婚。母親に引き取られましたが、経済的に困窮。そんな時、学校に紹介されたのが、子ども食堂「よこすか なかながや」でした。
7年前から、この「ながや」を運営しているのは、元トラックドライバーの和田信一さん(57)。
基本は日曜日以外、ここを訪れる子ども誰にでも、朝晩の食事を無料で提供しています。
「経済的に厳しい家庭の子どもが多いですね。その中で、学校に行けていない子どもたちもたくさんいるんです」
「お父さんみたいな感じですよね。ここまで自分のために、何かしてくれたり言ってくれたりするのは、親以外になかなかいないと思う」
実の父親のように、パワーくんを見守ってきた和田さん。
「高校生は、そこの回転ずし店とか行ってるんだろうな」
「金持ってるやつは、金持ってるからな」
「次生まれ変わったら、そういう人生も1回歩んでみたい」
「今は変えられないから。今のこの状況は、しょうがないよ。でも自分の子どもには、そうさせないようにしていこう」
今回取材に訪れると、和田さんは半年前から体調を崩していたと言います。
「大きな病院で入院したりとか検査して、ストレス性の狭心症ということで」
ながやの運営費をまかなうために始めたお弁当屋。心臓への負担を考え5カ月前に店を閉めました。
そのため、子ども食堂の運営費は企業や個人からの寄付だけとなり、これまでになく苦しい状況になっているといいます。
「ここを求めて必要性を感じて(ながやに)来ている子どもたちも、どんどん増えていて。長く続けなきゃいけないなと思っています」
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■一人で生活…パワーくん「自信がない」■一人で生活…パワーくん「自信がない」
パワーくんは、和田さんの体調を気遣い、練習の合間を縫って、子ども食堂の仕事を手伝っています。
「ちょっとタイム。パワーがいてくれて、良かったです」
パワーくんは訳あって1年半前から母親と暮らすことができなくなり、ながやの近くの和田さんの自宅で暮らしています。
しかし、高校卒業のタイミングで一人で生活することは、当初からの和田さんとの約束でした。ところが…。
「自信がないです」
「えっ」
「働きながらバスケを続けるってところが一番大きくて。気持ち的にも体力的にもどうかなって」
「じゃあ(バスケ)やめるか」
「いや、やめるわけにはいかないです」
「じゃあ、やるしかないよな」
「はい」
ながやは、あくまでも“子どもを支援する場所”です。
「私が横須賀に来たときに、すごくお世話になっていた介護施設の方に、パワーのことで相談を」
来月からのパワーくんの仕事が決まらない状況で、和田さんは知り合いの元を訪れていました。
「例えば、こういうところで(練習のない)午前中だけ掃除をとか」
「本当に申し訳ないけど、今掃除の人をお断りして自動掃除ロボットにしたりとか。パワーが掃除の仕事に入るのは、本当に難しい」
午前中の数時間など、練習の合間でできる仕事はなかなか見つかりません。
別の日、バスケットボールのコーチに相談してみました。
「(午後)5時から9時くらいまで、バスケットボールスクールやっているので、そこのコーチをやるのはどうか」
子ども向けスクールのコーチをパワーくんに頼んでもいいと言ってくれました。
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■高校卒業…パワーくん「和田さんのおかげで」■高校卒業…パワーくん「和田さんのおかげで」
そんななか、今月、パワーくんは高校を卒業しました。保護者席には、和田さんの姿がありました。
「(Q.何か言いました?パワーくんに)何にも言ってないです。卒業おめでとう」
「ありがとうございます。和田さんのおかげで、卒業できました。初めは、こんなところがあっていいのかと思いましたね。すごく迎え入れてくれて、みんなで一緒にご飯食べて、優しく声をかけてくれたのがすごくうれしかった」
この日、横須賀市の主催で、いじめ撲滅のイベントが行われました。
和田さんとパワーくんも、子ども食堂の運営者として参加しました。
「パワーもいじめに対する思いを伝えるということで、登壇するので」
中学1年生のとき、いじめられた経験があるというパワーくん。5年経った今、自ら伝えたい思いがあると、この場に来ました。
「自分を認めてくれる場所や人がいなかったとしても、これからきっと自分のすべてを受け入れて理解してくれる人や場所に出会えると思っています。僕も中学3年生で子ども食堂『よこすか なかながや』に行き始め、そういう素晴らしいすてきな世界がもっと広まってもいいと思います」
パワーくんにとってながやは当時から、きょうまでおなかと心を満たしてくれる、唯一の場所でした。
「彼の中で、ながやが生きているんだと実感しました。ありがたい、うれしかったです」
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■“ある事件”が…パワーくん「怒られるの怖かった」■“ある事件”が…パワーくん「怒られるの怖かった」
パワーくんがひとり立ちするまであと2週間。“ある事件”が起こりました。
「今まで、嘘は絶対だめだよって言ってたのに。また嘘をつかれたんですよね」
1万円以内で収めると約束していた携帯料金が、1400円以上オーバー。パワーくんはプランを変更したためと、嘘をついてしまったんです。
和田さんは、パワーくんに真意を問いただしました。
「怒られるなと思って。怒られるのが怖かったです」
「怒られるのが怖かった?怒られるのが嫌なんだな。でもさ、怒ってくれる人ってなかなかいないぞ。その人を裏切っていいの?」
もうすぐひとり立ちするパワーくんを思い、和田さんは真剣に叱ります。
「パワーひとりで生きてるんじゃないんだよ。パワーが苦しいからってさ、嘘をついたり裏切ったりしていいってわけじゃないんだよ」
「はい」
「そこは人の心を大切にしていかないと、本当に人をなくすよ」
今までつらい経験をしていたからこそ、パワーくんには幸せになってもらいたいと願う和田さん。
引っ越しまであと2日と迫ったこの日、和田さんはパワーくんを食事に誘いました。
「(2人で食事するのは)きょうが最後だな」
「最後です」
パワーくんは、和田さんに嘘をついてしまったことを後悔していました。
「やっぱりどんなことがあっても嘘をついちゃいけない。それで人は離れていくなと感じたので、嘘は良くないなと思いました」
「逃げちゃうから、嘘をつかないといけなくなる。逃げないように(困難を)乗り越えようとする力をつけていかないといけないな」
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■旅立ちの時…和田さんは最後まで食事を心配■旅立ちの時…和田さんは最後まで食事を心配
先月25日、パワーくんがひとり立ちする日がやってきました。アルバイトを掛け持ちしながらプロを目指します。
「ちょっと怖いです。これから自分がやっていくこと(練習と仕事)は、大変だって分かっているから。ちょっと怖いですね」
和田さんは、最後までパワーくんの食事を心配していました。
「パスタある?これは3分でゆで上がるから、(練習から)帰ってきて食べたいなと思って。眠くても3分でできるから」
「ありがとうございます」
そして…。
「最後にごあいさつだけいいですか。長い間、本当にいろいろとお世話になりました」
「ひとりでやっていかなきゃいけないから。いろんなことがあると思うけど、頑張るしかないよ。やっていくしかないから。なんとかならなそうだったら、連絡する」
「頑張ります」
「頑張れ」
「ありがとうございました。失礼します。いってきます」
「いってらっしゃい」
お互いに、さよならという言葉は口にしませんでした。
「プロになって成功してもらいたいということと、幸せな家庭を築いてもらいたいです」