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2024年11月22日 13:00

緒形直人 父・緒形拳の十七回忌は仕事で東京拘置所に「オヤジは喜んでいるんじゃないかなって…」

2024年11月22日 13:00

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1988年、映画「優駿 ORACION」(杉田成道監督)で主演デビューして37年、映画「64―ロクヨンー前編・後編」(瀬々敬久監督)、「アンチヒーロー」(TBS系)など多くの映画、ドラマに出演している緒形直人さん。ソフトな語り口で「世界遺産」(TBS系)などナレーションにも定評がある。本日から長野で先行公開され、2025年1月10日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて公開される最新作映画「シンペイ〜歌こそすべて」(神山征二郎監督)では島村抱月役を演じている。(※この記事は全3回の後編。前編・中編は記事下のリンクからご覧いただけます)

■誘拐殺人犯人役がなかなか抜けず…

25歳で大河ドラマ「信長 KING OF ZIPANGU」に主演を果たし、実力派俳優として広く知られることになった緒形さん。映画「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」(大森一樹監督)、映画「サクラサク」(田中光敏監督)など主演作品も多い。

映画「サクラサク」は、父親(藤竜也)が認知症を発症し、それまで家族を顧みず仕事に没頭してきた息子と家族の再生を描いたもの。緒形さんは家族の絆を取り戻そうと奮闘する主人公・大崎俊介役を演じた。

「家族の物語で自分に重なる部分もありました。俊介は、仕事の面では優秀で部下にも慕われているんだけど、家庭のことはほとんど振り返って来なかったという男。そうやって色々自分と重ねながら、やったと思います。僕は、それぞれの役を一つ一つ真摯に向き合ってやりたいんです。だから、作品が重なるのはイヤですね」

――大河ドラマ「翔ぶが如く」(NHK)の時に、『予備校ブギ』(TBS系)と『東京湾ブルース』(テレビ朝日系)という二つの主演ドラマの撮影が重なっていたのは大変だったでしょうね

「あの時は初めて社長に、『こういう仕事のさせ方をするならここを辞めたい。僕はもうここを離れます』って言いに行ったんですよ。そうしたら『わかった。お前にはお前のやり方があって、そうやって頭がグチャグチャになってしまう人なわけだから、なるだけ重ならないようにするから』ということで、そのまま居続けたんですけど、それぐらい自分の中でも、もうどうしていいのかわからなかった時期でしたね」

「サクラサク」が公開された2014年には、映画「64―ロクヨンー前編・後編」(瀬々敬久監督)に出演。これは、わずか1週間の昭和64年に発生した少女誘拐殺人事件・通称“ロクヨン”。未解決のまま14年の時が流れ、時効が目前に迫っていた平成14年、ロクヨンを模倣したような誘拐事件が発生する…という展開。緒形さんはロクヨンの犯人・目崎正人役を演じた。

――それまでとは全く違うイメージの役どころで、鬼気迫る演技が印象的でした

「僕は何でもやりたかったんだけど、そういう役があまり来なかったんですよね。その前に『深紅』(月野木隆監督)という映画でも殺人犯の役だったんですけど、『ロクヨン〜』に関しては、(佐藤)浩市さんや監督からもやってほしいと声をかけてもらえたので、『やりますよ』って言ったんです。

でも、あそこまでひどい犯人の役というのはやったことがなかったから、それはそれで大変でした。役というのは、やっぱりその人の性格だったり、その人を知らないとできないんですよね。

僕が演じた目崎は、子どもを誘拐して殺して『何でお前、殺したんだ?』って浩市さんに詰め寄られた時に『わからない』って言うんですよね。実際にそういうやつはやっぱりいるわけですよ。まともな感覚とは別の人が間違いなくいる。

その人たちは殺人を犯しても自分でもなぜやってしまったのかもわからない。でも、僕は初めてそういうまともじゃない役に挑戦するというので、その本人を知りたいと思って。

原作から読み直してイチから築き上げていくわけですけど、やっぱりそういう人のことはわかっちゃいけないんですよね。子どもを誘拐して殺して身代金を奪うなんてまともじゃないんです。

でも、わかろうとしてしまったがゆえに、ちょっと精神的に入り込んじゃったんですよ。その人(犯人)の良い部分を探しちゃったっていうのかな。その人はなぜやってしまったのか、自分なりに答えを見つけようとしすぎちゃって、撮影が終わった後も役が離れなくなったんですよ。それが自分でも怖くなりました。

やっぱり普通じゃないんですよ、人を殺すというのは。神経がぶっ飛んでいる。他人には理解できないところの人なんだなっていうのがわかったというか。あの役が抜けていかなくなった時には、自分でも本当に怖かった。精神的にはかなりきつかったですね」

■最新出演映画で自身も所属する新劇のルーツを知ることに

(C)「シンペイ」製作委員会2024

本日(22日)から長野で先行公開され、2025年1月10日(金)に全国公開される映画「シンペイ〜歌こそすべて」に出演。これは、「シャボン玉」「ゴンドラの唄」「東京音頭」「カチューシャの唄」など、今も歌い継がれ、童謡、歌謡曲、音頭、民謡まで幅広いジャンルの約2000曲を残した作曲家・中山晋平の知られざる生涯を彼の音楽とともに描いたもの。緒形さんは、中山晋平の才能を見出す島村抱月役を演じている。

「僕は、新劇の劇団青年座出身なんですけど、裏方志望だったので新劇って一切知らないんです。『何で新劇の劇団に入ったの?』ってよく聞かれるんだけど、『いや、僕は裏方を目指すために自由劇場とここを受けようと思っただけで、よくわからなかったんだよね』って。

『新劇ってそもそも何?』という感じで全く知らない。新劇運動(明治末期に近代的な演劇を確立するために、坪内逍遥、島村抱月、小山内薫らが起こした運動)も知らなければ、島村抱月も初めて聞いた名前なので、最初にいろんな資料を取り寄せたり、ネットで調べ始めました。

『新劇運動とは、こういうことだったんだ。この歌はここから来たのか』というところからスタートしたんです。それで、島村抱月という人は、ヨーロッパに3年も留学して、オペラやミュージカルのお芝居を180本以上見て勉強して、そういったものを日本でやりたくて帰って来た人なんだ。ある意味もう高みを見た人なんだって。

だから、ある種自信満々で、坪内逍遥と文芸協会を設立して舞台を作る。自分の中ではきちっとした道筋が立っている人なんですよね。それで、自分の書生をしている(中山)晋平の鼻歌を聴いた時にピンとくるわけですよ。

そういった時代の勢いがあり、新劇ブームを作っていく新劇運動をこしらえていった人だから、目指しているものが他の人と一緒ではない。力強さ、カリスマ性…。次元の違う人物なんですよね。

だから、身振り手振りもちょっと西洋風にして、勢いを感じさせる人物にしたいと思いました。そして、超仕事人間。仕事のことしか考えず、そこで恋もして…一気に駆け抜けた男を演じたかった」

(C)「シンペイ」製作委員会2024

――あれだけ才能も実力もあるのに須磨子に振り回され、付き人のようなことまで嬉々としてすることに。ある意味ものすごく人間っぽいですね

「そうですね。妻子がありながら看板女優の松井須磨子との恋愛醜聞で文芸協会を辞めることになって。本当は、抱月と須磨子二人のシーンはもう少し撮影はしたんですが、カットになってしまって。面白いシーンもいくつかあるんですけど、そこがあったらどうだったのかなって思ったりもしました。

でも、晋平の話だから、なくて正解だったのかもしれないですね。こういう人たちがあの時代を作って、今でもその歌が歌われ続けていて、懐かしく感じたり、やっぱりいいなあって思ったりする。

その人たちの勢いというのを見てほしいし、お芝居が好きな人だったら、あそこから枝葉が出て、ミュージカルができたり、いろいろ広がっていったんだと感じてほしいです。舞台上でハイヒールを履いてカチューシャをして歌っている、ああいう西洋のものを見て、やっぱり特に女性はときめいたんじゃないかなって思う。あれはあれでとても華やいでいい時代だったと思いますね。

そのあと、抱月は、同じく文芸協会を抜けた澤田正二郎、須磨子と劇団・芸術座を結成する。

それで、澤田正二郎が芸術座を退団後に、うちのオヤジが出身だった新国劇が生まれて。

あの時は、新国劇は『右に芸術左に大衆』なんてものすごく盛り上がって。

島田正吾先生から何年か前に、『アッツ島の玉砕』の時も、満員のお客さんがみんな立って、北に向かって黙祷を捧げたっていうお話を聞きました。そういう話を聞くと、熱い時代だったなって思いますね。

その時の雰囲気を知らなくても何となくあの劇場の雰囲気から伝わるんじゃないかなって。自分の先祖が生きてきた、あの当時の日本を感じてもらえたらいいなって思いますね」

――とてもわかりやすく作られていますよね。よく知っている曲もいっぱい出てきますし

「そうですね。すごくわかりやすく描かれていると思います。映画館で音楽と物語が一体となって真っ暗な中でスクリーンに投影されたあの時代を見てもらった時に、何か違った感覚があるんじゃないかなって。

神山監督の作品というのは特にそうなんだけど、やっぱり劇場のスクリーンで見るべき作りなんですよね。だから是非、スクリーンで見てほしいです」

■父の十七回忌の日、東京拘置所で…

今年放送されたドラマ「アンチヒーロー」(TBS系)では、12年前に起きた一家惨殺事件の犯人として逮捕された無実の死刑囚・志水裕策役を演じ、別人のような姿が話題に。

「当初、監督やプロデューサーとの話で、『ロクヨン〜』の時の感じで演じてほしいと言われ、体型も髪も今のままでという事でした。でも、『ロクヨン〜』の時は、頭のおかしい人間が、ふてぶてしく生活している様を恰幅よくする事で被害者との対比を出すプランで作っていったんです。

『アンチヒーロー』の志水役のルックスは、只々長い間、己と向き合ってきた人間の、あまりにも惨い痛々しさを表現するには、と考えて出したものです。まぁ、その事より感情の持って行き方がよっぽど大変な事なんですけどね(笑)」

無実が明らかになって釈放された時、逮捕時に着ていた洋服はブカブカ。容疑を否認しつつも裁判で死刑判決を受けた苦悩、やりきれなさ、拘束されていた12年間という歳月をリアルに感じさせた。緒形さんは体重をかなり落として志水役を演じたという。

――10月5日には、東京拘置所で1日所長もされていましたね

「『アンチヒーロー』で12年間無実の罪で拘留されていた役を演じたので。今年1月には、(中山)晋平が生まれた長野で1日警察署長をやってきたんですよ。その時に『この後何をやるんですか?』って聞かれたんだけど『死刑囚です』って言えないから、『ちょっと連ドラに』って(笑)」

――東京拘置所の1日所長をされた10月5日は、お父さまの十七回忌だったのですね

「はい。ちょうど十七回忌法要の時に僕は東京拘置所だったので、それはそれでオヤジは喜んでいるんじゃないかなって。僕が仕事で(法要に)参加できなくても他の家族はみんな参加していましたからね」

――それにしても十七回忌に拘置所というのもすごいですよね

「そうですよね(笑)。でも、父は父で役に生きていた人で、今回僕も役の繋がりで拘置所のお話をいただいたので、感謝の気持ちで務めさせていただきました。それは良かったなって思いました」

現在放送中の連続テレビ小説「おむすび」(NHK)では、阪神・淡路大震災で一人娘・真紀を亡くした靴店店主・渡辺孝雄役を演じている。

「僕は以前、阪神・淡路大震災を風化させないために日本防火協会が作った映画に出て、実際に阪神・淡路大震災と全く同じ揺れをスタジオのセットで撮影したんだけど、立っていられない程のとんでもない揺れでした。恐怖でしかなかった。あんな揺れが関東で来たらどうなるんだろうっていう揺れでした。

来年が阪神・淡路大震災から30年なんです。今年だって元旦から能登で大地震があったわけで、日本は地震大国だから、いつどこであるかわからないじゃないですか。

これは風化させてはいけないんですよ。30年経っても、今も苦しんでいる人たちがいるわけですからね。時が止まったままの人もいらっしゃると思います。やっぱり、1歩踏み出してもらいたいから、明日に繋がるドラマになればと思ってやっています」

――今後はどのように考えていらっしゃいますか

「今後も変わらず、いろんな役をやっていきたいなって思っています。一つ一つがやっぱり挑戦なので。今まで同じ役は、あまり多くは演じて来なかった。だからPART2はこの先頼まれても多分断ると思うんですけど、もしかしたらやるかもしれないかな(笑)。新しいことに挑戦していきたいですね」

私生活では、1993年に俳優・仙道敦子さんと結婚。長男の緒形敦さんは俳優、次男の緒形龍さんもモデル・俳優として活動している。

「やりたいのであればやればいいと思っているので応援はしています。でも、子どもが俳優になった俳優仲間はみんな『やっぱり(俳優に)なっちゃったね』って言っていますよ(笑)」

誠実さがにじみ出る落ち着いた雰囲気、ソフトな語り口が心地良い。いつか父子共演作も見てみたい。(津島令子)

ヘアメイク:井村曜子(eclat)

スタイリスト:大石裕介