
映画「あゝ、荒野 前篇」(岸善幸監督)で注目を集め、連続テレビ小説「まんぷく」(NHK)、「あなたの番です」(日本テレビ系)、「スカイキャッスル」(テレビ朝日系)、映画「沈黙の艦隊」(吉野耕平監督)などテレビ、映画に引っ張りだこの前原滉さん。癒し系から超個性キャラ、どんな役柄にも見事にハマるカメレオン俳優。竹野内豊さんの部下役を演じているタクシーアプリ「GO」のCMでもおなじみ。現在、最新主演映画「ありきたりな言葉じゃなくて」(渡邉崇監督)が公開中の前原滉さんにインタビュー。(※この記事は全3回の前編)
■小中学校はサッカー少年、坊主頭になりたくなくて…

宮城県で生まれ育った前原さんは、シャイで母親の後ろにずっと隠れているような子どもだったという。
――小中学校はサッカーをやっていたとか
「やっていました。そのときそのときで楽しいことをやっていたという感じです。サッカーは好きだし、友だちもいるから楽しい習い事みたいな感じだったかもしれません。プロになろうみたいなことじゃなくて。中学校ぐらいのときは、プロ選手になりたいなと思ったこともありますけど」
――高校はサッカーの強豪校に?
「はい。行くだけ行ったんですが、サッカーはやらなかったです。坊主頭になるのがイヤで。
でも、そのときに飛び抜けてうまかったら、髪型なんてあまり関係なかったのかもしれないですね。
そうではなかったから、『これをずっとやるのかな?やることに意味があるのかな?』みたいな疑問もどこかにあったんだと思います」
――演劇との出会いは?
「高校卒業する間際です。進路を決めなきゃいけないときに親が芝居を見せてくれて、楽しそうだなって思ったのがきっかけですね」
高校卒業後、現在所属している事務所「トライストーン・エンタテイメント」の養成所に通うことに。最初の1年間は、仙台でアルバイトをしながら週に1回、東京にレッスンに通っていたという。
――事務所(トライストーン・エンタテイメント)の養成所に決めた理由は?
「僕は事務所のことはよくわからないし、どこでも良かったんですけど、母親が最初に出してきてくれた資料が、うちの養成所だったという感じです。
だから、もしそれが他の養成所だったら、『わかった』と言って、そこに行っていたと思います。それぐらいあまり自分の意思がないというか、とりあえずこっち(東京)に来てやれればいいやということしか考えてなかったですね」
――お母さますごいですね。結果的に大正解で
「ありがたいです。そのときの選択が今に繋がっているという感じですね。母は、当時も事務所に入れると思っていたみたいなことは言っていました。そこに関しては半信半疑ですけどね(笑)」
――養成所に入ってみていかがでした?
「僕は、ほかのところを知らないので、良し悪しみたいなことで言うとわからないです。 でも、やっぱりステキな先輩方もたくさんいるし、お話して教えてくださる方もたくさんいるし…そういう意味で言うと、今のところすごく心地がいいなと思っています」
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■養成所の最初の2年間は“窓際族”だった■養成所の最初の2年間は“窓際族”だった

2011年、前原さんは上京し、一人暮らしを始めることに。
――養成所2年目で上京されていかがでした?
「何か思ったほど感動しなかった気がします。実家を出て親と離れることの方が泣いちゃいそうになるというか。今思えば、1時間半新幹線に乗ったら着く距離だし、休みがあれば戻ればいいだけの話なんですけど、『この家を出るんだ』と思ったらすごく寂しい気持ちになって。あまり顔を見られなかったですね。
逆にこっちに来てめちゃくちゃ感動したみたいなことは、あまりなかった気がします。上京する前に1年間通っていたのもあるかもしれないです。『これから頑張るぞ!絶対』みたいな感じじゃなく、『うん、頑張ろう』みたいな感じでした」
――レッスンにはついていけていました?
「最初の2年ぐらいは、養成所のレッスンについていけずというか、僕自身のやる気も結構曖昧な感じで、窓際族っぽい感じでした」
――その時点で俳優としてやっていくという気持ちには?
「まだなってなかったですね。そういうことを考え始めたのは、事務所に所属になってからかもしれません。それまではお金をもらって…という実感とかもなかったので、とりあえず楽しみたいぐらいのことだったかもしれないです」
――一人暮らしもそんなに不自由もなく?
「バイトとかは大変でした。養成所のレッスンは週に1回しかないので、カフェと餃子屋さんでバイトをしている時間の方が長かったです」
――養成所には何年行かれたのですか
「4年間行きました。今はどうかわかりませんが、その当時は、養成所の期間は何年って決まってなかったので、最終的に7、8年通った人もいたと思います。珍しいタイプの養成所で、ほかの養成所は、週5とか週6とかでレッスンがあったりするんですが、うちは週に1回しかなかったですし。
辞めちゃった人もたくさんいますが、そのまま事務所に所属になっているのは、多分2人か3人だと思います」
――最初に舞台「話半分」に出演されたのが養成所に入って3年目
「確か成人式の次の日が本番で、地元の友だちとかも仙台から東京まで見に来てくれました。今改めて舞台に立つのとそんなに変わってないかもしれないです。普通に緊張もするし。
舞台は稽古があるので、稽古でやったことをやるしかないみたいな感じですかね。だから、『よし、初めての舞台だ!』みたいなこともあまりなかった気がします。緊張はもちろんするんですが、余裕がなかったということなのかもしれないです。
どんな舞台だったかとか、すごくよく覚えているんです。最初どういう状態で板付きで待っていて…とかは覚えているんですけど、お客さんの表情がどうとか、初めて劇場に入るってこういう感じなんだとか、そういうことはあまり覚えていない。
本番をやることしか頭になかった感じですかね。めちゃくちゃ視野が狭いんでしょうね。そういうところは今も変わらないかもしれないです」
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■映画のヒロインオーディションの相手役に■映画のヒロインオーディションの相手役に

2017年、前原さんは、大河ドラマ「おんな城主 直虎」(NHK)、「陸王」(TBS系)、映画「あゝ、荒野(前篇)」など話題作に立て続けに出演。
「あゝ、荒野」は、兄貴分の復讐を誓う新次(菅田将暉)と、吃音と赤面対人恐怖症に悩むバリカンこと健二(ヤン・イクチュン)がもがきながらもボクサーの道を進んでいく姿を描いたもの。前原さんは、前篇のクライマックスシーンで衝撃的な死を遂げる「自殺研究会」の主宰者でカリスマ的リーダー・川崎敬三役を演じた。
「とてもよく覚えている作品です。いろんな作品をやらせていただいていますけど、『あゝ、荒野』は、いろんなきっかけが詰まっている作品かなと思います」
――そもそも最初は俳優さんとして呼ばれたわけではなかったそうですね
「はい。菅田(将暉)さんの相手役(ヒロイン)を決めるオーディションの相手役をやってくれということで。(声をかけてくれた人が)本当にお世話になっている方だったので、頑張ろうって思った記憶しかないです。
ただ、オーディションの前日にすごい量のシーンが送られてきたんですよ。でも、ヒロイン志望の人は、多分このオーディションに懸けているだろうから、こっちがセリフを覚えてなかったらダメだよなとか。
でも、そこまで頑張らなきゃダメかなとか、いろんなことを考えたけど、覚えとかなきゃダメだと思ってバーッと覚えた記憶があります。
そのときには、自分も出してもらえたらいいなって思う余裕はなかったかもしれないです。
ヒロインの人を選ぶということは大事だから、頑張ってやらないとダメかもしれないみたいなことで。
だからオーディション中も、あまり自分の演技を出すというより、ヒロイン役を受けに来た人たちがちゃんと演技ができるように…という立ち位置なので、あまり自分を売り込むみたいな感じではなかったです。僕は候補者5人の相手役をやりました」
――岸監督が何かのインタビューで「それぞれみんな違うアプローチをしてくるのを前原さんは臨機応変にしっかり合わせることができていたのでキャスティングした」とおっしゃっていましたね
「それは知りませんでした。でも、特殊なオーディションだったんですよ。普通のオーディションは、5人が横並びで一人ずつやるだけなんですが、1時間に一人という感じで。『5時間もあるんだ…』とか思って、いろんなことが結構新鮮でしたね。
でも、後々聞くとヒロインのオーディションは3日間に分かれていて、オーディションの相手役をした人も3人いたみたいなので多分15人くらい見ているんですよね。
だから、もしかしたら別の人が川崎敬三役にキャスティングされた可能性もあって。『何かすごいことをするなあ』って思いました。 一人で15人のヒロイン候補の相手となったらちょっとしんどいし、日も変わっちゃっているだろうから空気感とかも変わるだろうし…とか考えると面白いオーディションの仕方だなって。
でも、僕が最初に相手をしたのが、最終的にヒロインに決まった木下あかりさんだったんですよ。それも面白いなっていうか」

――ご自分も何かの役で出してもらえるかもしれないという思いは?
「なかったです。役がないから、多分ヒロインオーディションの相手役として呼ばれたんだなと思っていたというか。でも、それが顔見世として、『今後一緒にできたらいいね』的なメッセージだと思っていたので。
元々そこに対する欲を出すときには出すけど、普段は出さないというか、全くないんですよ。飲み会とかで『プロデューサーです』とか言われても、あまりいかないです」
――ここぞとばかりにガンガン売り込む人も結構いますよね
「それはそれですごいステキだなって思うんですよ。常に全身前傾姿勢というか。僕はそういうところがあまりなくて、『ここだな』って思えないとできないというか。
だから『あゝ、荒野』のときも、その作品に出してもらうというより、まずは見てもらっていずれ…ぐらいの感じだったんです。
ただ、ヒロインのオーディションで5人目ぐらいのときに、さすがに疲れてしんどくなってきて。結構重ためのシーンも多かったんですよ。
それで、終わる間際ぐらいに、岸さんが僕に向けて『いいですね』ってジェスチャーをやっていたときがあって。その時の何かが多分良かったんだと思うんですけど。で、未だに何かわかんないです。聞いても覚えてないでしょうしね」
――ものすごくインパクトのある役ですが、聞いたときはどう思われました?
「あの役をいただいたときは、ただただうれしかったです。それまでフルネームの役をちゃんと任せてもらえることがなかったので、シンプルにうれしかったです。
そのときは、まだ準備段階の本とかしかなかったんじゃないかな。『川崎敬三という役です』と言われて原作を読みました。それで台本をもらって、『面白い役だけど難しいなあ』って。そこからボリュームが増えたり減ったりとか色々あって、最後にああいう形になったんです」
――前篇のクライマックスで壮絶な死を遂げて印象的ですよね
「変な場面ですしね。ボクシングじゃないところに入ってくる物語だから、見る人によっては、『あのシーンいらないんじゃない?』って言う人も多分いらっしゃるんですよね。でも、映画で初めてちゃんと反響をいただいた役柄なので、すごく思い出深いです。あの作品はチームもすごい好きですし、またご一緒したいなって思うチームです」
――完成した作品をご覧になっていかがでした?
「あまり覚えてないというか、それどころじゃなかったというか。試写を見て、まず映画の方にちゃんと喰らったというか。自分の場面がどうこうとかよりも、『ヤン・イクチュンさんと菅田将暉くんすごいな』みたいなところに入っていた気がします。壮絶でした。『これはすごい映画になるな』って思いました」
衝撃的な役どころを演じ切り注目を集めた前原さんは、連続テレビ小説「まんぷく」、「あなたの番です」などに出演。2021年には、「きまじめ楽隊のぼんやり戦争」(池田暁監督)で映画初主演を果たし、同年、映画「彼女来来」(山西竜矢監督)にも主演。次回は撮影エピソードなども紹介。(津島令子)
※前原滉プロフィル
1992年11月20日生まれ。宮城県仙台市出身。高校卒業後、「トライストーン・エンタテイメント」の直営の俳優養成所に入所。近年では連続テレビ小説「らんまん」(NHK)、「VRおじさんの初恋」(NHK)、「クラスメイトの女子、全員好きでした」(読売テレビ)、「スカイキャッスル」、映画「笑いのカイブツ」(滝本憲吾監督)、映画「沈黙の艦隊」(吉野耕平監督)、映画「マッチング」(内田英治監督)などに出演。主演映画「ありきたりな言葉じゃなくて」が公開中。
ヘアメイク:ゆきや(SUN VALLEY)
スタイリスト:矢島世羅