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2025年1月21日 14:03

南果歩 生死の境をさまよった出産、二度の離婚、乳がん…さまざまな困難を乗り越え海外作品にも精力的に出演!

2025年1月21日 14:03

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19歳のときに小栗康平監督の映画「伽耶子のために」(※伽耶子(かやこ)の「耶」は人へんに耶が正式表記)で主演デビューを飾った南果歩さん。黒木和雄監督や深作欣二監督など巨匠から新人まで多くの監督とタッグを組み、幅広いジャンルの作品に多数出演。私生活では、生死の境をさまよった出産、二度の離婚、乳がんなどさまざまな困難を乗り越え、バンド「Nicochans(ニコチャンズ)」のヴォーカルとしても活動。現在、映画「君の忘れ方」(作道雄監督)が公開中。韓国映画と台湾映画の公開も控えている。(※この記事は全3回の後編。前編と中編は記事下のリンクからご覧いただけます)

■自分とはかけ離れた人物を疑似体験

2005年、渡辺謙さんと再婚。映画や舞台など海外での仕事も多い渡辺謙さんとともに家族で海外生活を送りながら支え、子育てと自身の俳優としての仕事もこなす多忙な毎日を送ることに。

2014年に公開された映画「サクラサク」(田中光敏監督)は、仕事に没頭し家族を顧みなかった俊介(緒形直人)の父親(藤竜也)が認知症を発症したことがきっかけで、破綻していた家族が再生していく様を描いたもの。南さんは、俊介の妻・昭子役を演じた。

――夫は部下の面倒見も良く父親思いですが、家のことは妻にまかせっきり、娘と息子も全く手伝うことなく好き勝手に生きている

「そうですね。放棄したくなるのがとてもよくわかるというか。子育てが落ち着いたと思ったら今度は義父の介護やいろんな問題が出て来て、やっぱり主婦という立場に全部しわ寄せがやってくる。そういう役でしたね。

夫も典型的なタイプですよね。働く男の典型みたいな感じでしたけど、だんだん変わっていく。本当に家族の再生物語という感じでした」

2016年に公開された映画「葛城事件」(赤堀雅秋監督)も難しい主婦役。この作品は、無差別殺人事件を起こした加害者である次男(若葉竜也)とその家族(三浦友和&南果歩)、長男(新井浩文)、加害者と獄中結婚した女性(田中麗奈)が繰り広げる人間模様を描いたもの。

――夫は暴君で長男は自殺、次男は無差別殺人事件の犯人…悲惨な展開でしたね

「あれは本当にそうでしたね。見ているだけでもつらくなる。『葛城事件』のシナリオを読んだときに、三浦友和さんが演じたお父さんが暴力的ということが家族の一番の根っこにあるように見えているんですけれども、私は妻の方に問題があるという風に受け取りました。

それはやっぱり子育てに関しても、そのバランスとかもです。家族の中のコミュニケーション力も」

――次男と違って従順で出来が良かったはずの長男が自殺した後に、南さん演じる母親がお嫁さん(内田慈)に放つ言葉が強烈でした。「あなたが殺した。一緒にいて気が付かなかったの?」と責めたてる

「そう。それを言っちゃうんだって。恐ろしいですよね。あれは相当人を傷つける言葉ですから。でも、多分自分の中にも『何かできたんじゃないか?』という後悔があって、それを打ち消したいのもあったんじゃないかなって思いますね」

――悲惨な展開でしたが、撮影期間中はいかがでした?

「役柄は悲惨なんですけど、切り替えられました。撮影を離れると、そんなに引きずるという感じではなかったですね。映画とか演劇というのは、やっぱり疑似体験だと思うんですよ。

演じる方も見てくださる方も。

疑似体験は何のためかと言ったら、実人生を豊かにするための疑似だと思うんです。だから、もちろんハッピーな物語も大切なんですけど、一方で『葛城事件』のように、いろんな歯車が狂っていってしまう家族関係のものも一つの題材として必要だなと私は思います。

私自身は料理をするのがすごい好きなんですけど、劇中では出来合いのお弁当を食べているシーンが多かったので、そのこと自体、自分とはかけ離れたキャラクターじゃないですか。でも、演じることは自分じゃない人を演じたいんですよね。だから、それはそれで私も疑似事として、あの役を生きていたんだと思います。

何が良くて何が悪いとか、そういう判断としてはあまり見てないので、わりと平常心を保って過ごせました。そのときの心情というのは、撮影が終わると消えてなくなるものなので、正確には覚えてないです。消化されちゃっているんですよね。もともと忘れっぽいっていうのがあるので、今やっているものしか考えてないというところがありますね」

■虫の知らせで受けた「人間ドック」で乳がんが発覚

映画「葛城事件」が公開された2016年、南さんは乳がんの手術を受けることに。ステージ1の早期発見だったという。

「これは虫の知らせだったんだと思います。やっぱり直感を信じろということなんだなと。誰にでもそういうことってあると思うんですよね。私の場合は、なぜか『人間ドック』という言葉が浮かんで頭から離れなくなったので、初めて受けることにしました」

――細胞診、針生検の検査は勇気がいりますよね。痛いし怖いし…

「本当に痛いですよね。針が入って行くのが怖くて、『痛い、痛い、痛い!』って言いながら目をつぶっていました。見ていられなかったです。麻酔もしないで注射針を胸の奥深くに刺すので本当に痛いんですよ。『どうして麻酔をしないんだろう?』と思いながら受けました。あれが一番痛かった。

検査でわかったときは連続ドラマの撮影中で、撮影をしながら手術のための検査をして、クランクアップの二日後に入院して、2016年3月11日に手術しました」

南さんは、術後1週間で退院。2週間後には渡辺謙さんの舞台公演のためニューヨークへと向かい、1カ月後には自身の舞台稽古も控えていた。主治医と相談し、治療を続けながら仕事も再開することに。「パーマ屋スミレ」(作・演出:鄭義信)で仕事に復帰。手術から渡米、稽古、舞台公演…怒涛の3カ月を終えた後、南さんは、本格的に術後の治療を始めることに。

2017年には連続ドラマ「定年女子」(NHKBSプレミアム)に主演。南さん演じる53歳の主人公・深山麻子は、大手商社の部長を務め、さらなるキャリアップを考えていたが、役職定年で急に配置転換の辞令が下される。新しい職場では邪魔者扱いされ、辞職するが、娘(山下リオ)は出産で家に戻り、元夫(寺脇康文)の母(草笛光子)の介護までのしかかり、さまざまな困難に立ち向かうことに…という展開。

手術から1年あまりが経ったとき、週刊誌に夫の不倫記事が掲載。2018年に離婚することに。精神的なダメージが大きく、一時は思考回路も感情も止まってしまい、とても仕事が出来る状態ではなかったため、悩みに悩んだ末、一度は「定年女子」の出演を断ったという。

「お断りするためにプロデューサーに会いに行ったのですが,その方が私の状態が良くないことを知っていて、仕事に関係のない話を一生懸命して下さる姿を見ていたら,この人を信用しなければ、私は一生、人を信じることが出来ない人間になってしまうと思ったんです。

人間不信で喜怒哀楽がなくなっている状態だったのですが、最終的に出演させてくださいと言っていたんです。

50代の女性を主人公にするドラマってなかなか少ないので、本当はやりたい作品でした。脚本もものすごく面白かったし、いろいろ社会問題も織り込まれていましたから、やりがいがありました」

――昔と違って53歳ってまだ若いじゃないですか。さらにキャリアアップも考えていたときに、『はい、役職定年です』って、いきなり足場を外されたみたいなことは納得できないですよね

「本当にそうです。そこから自分の居場所を見つけるというのは大変ですよね。役職を奪われてまた新たな人生を始めるなんて、本当に強い女性だと思いました」

――50代で人生の岐路に立たされてしまい、人生をリスタートしなければいけなくなるわけですが、南さんが演じた麻子さんのことは、やっぱりみんな好きになっちゃいますね。

とても好きな作品です

「ありがとうございます。50代っていろいろありますよね。でも、撮影もとてもいい雰囲気で楽しかったです。田渕(久美子)先生の脚本もすばらしかったです。どの役もそれぞれの人生を感じるようなセリフとか場面があったので、すごく厚みのある面白いドラマでした」

■悲しみやつらいことを癒すには…

現在、映画「君の忘れ方」が公開中。この作品は、突然婚約者(西野七瀬)を亡くし、決して癒えることのない深い悲しみ(グリーフ)を抱えた主人公の青年・昴(坂東龍汰)が、遺族に寄り添い、支援・サポートする「グリーフケア」を通じて再生していく姿を描いたもの。南さんは昴の母親で、20数年前に何者かに夫を突然殺害され、心に傷を抱えている洋子役。

「坂東(龍汰)くん演じる昴という主人公の母親役なんですけれども、作道雄監督がシナリオも書かれていて。ただのお母さんではないという、その描き方にすごく興味が湧きました。

どうしても、お母さん役って母の顔だけになりがちなんですけれども、この作品の中では自分の人生の中で消化できない出来事に対して、ずっと時間が止まっている一面を持っていて。それは、やっぱり大切な人を亡くしたという出来事があったからなんですけれども、心の再生というものには時間が必要なのだと思います。

ある程度、何年経ったら落ち着いてくるとか、また別の見方ができるとか、そういうことではないんだなということを、主人公を通してもそうですし、私が演じたお母さんを通しても、感じていただけると思います」

――お母さんの執念もわかりますね。夫を突然殺害され、まだ犯人が捕まっていない

「20数年間。やっぱりある意味、そのときから時計の針が止まってしまったということだと思います。実際に夫はすばらしい人だったんだと思いますが、洋子の記憶の中で夫の思い出も変化していっているのだと思いました。リアルでない時間を夫と過ごしていたのだと思います」

――そして、息子がまた愛する人と悲惨な別れ方をして

「そうですよね。それで、この作品の中に『グリーフケア』というのが出てくるんですけれども、つらい思いをした人たちが自分の体験を語り合うんです。やっぱり言葉にするというのはすごく大切なことなんだなと思いましたね。

私が演じた洋子さんというのは、そういうことを一切封印して、自分の中でだけでいろんな思いを巡らせていたというところに一つ問題があったと思います。だから、この映画を通して『グリーフケア』というものを認知していただければいいなと思います」

――撮影前に監督から何か言われたことはありますか

「クランクインの前に坂東くんと2人で母子の部分の読み合わせをして、あとはもう本当に現場で、自然なキャッチボールができた感じです。

そのやり取りは、つらい場面でもすごく楽しかったです。ここをこういう風にやろうよというんじゃなくて自然にやり取りが重なっていって。坂東くん演じる昴は、すごく傷つきながらも何かを求めているという、その姿にグッときましたね。

あと母子関係で言ったら、お母さんのいろんな秘密を知ってしまったときの母子関係の変化とか。最後はやっぱり息子が逆転して、母親を正しい道に戻す力を見せる、そこもすごく私は好きでした」

――完成した作品をご覧になっていかがでした?

「皆さん、日常を普通に、何もないように生きていますけど、みんなやっぱり心の奥底にいろんな傷を持っているし、いろんなつらい経験をされている。それを少しずつ、少しずつ癒す会話や出会いを求めながら過ごしているんだろうなということをすごく感じました。人は人に救われる。この映画がいろんな方の心に届くことを願っています。

大きな仕掛けもなければ、何か驚くような展開ということもないですけど、人の心を丁寧に、丁寧に描いた作品なので、じっくり見ていただきたい作品ができたなと思います」

さまざまなことにチャレンジを続け、2018年からはバンド活動もスタート。「Nicochans(ニコチャンズ)」のヴォーカルも務めている。

「昨年はクリスマスイベントに呼ばれてちょっと演奏してきたんですけど、また別の表現なので楽しいですね。『歌う』という私なので、やっぱりちょっと違いますね、演技とは」

――2025年はどんな年になりそうですか?

「この映画の公開もですが、また海外の作品も控えているので忙しくなると思います。今、絵本の第2弾と、健康と美容に関する本も作っています。

病気をしてから食事には気をつけています。病気は誰にでも起こりうることなので、もっと健康になりたいなっていう気持ちは強くなりました。

自分が元気でいることが周りを幸せにすることだなと思うので、まずは自分が元気でいること、それで私の周りにいる人を幸せにすることというのが一番大事かなと思っています」

兵庫県出身の南さんは、阪神・淡路大震災のときは妊娠中で何もできなかったことがきっかけで、ボランティア活動にも積極的に参加するようになったという。朗読にも定評があり、東日本大震災、熊本地震、能登半島地震などの被災地へボランティアで出向き、子どもたちに絵本の読み聞かせも行っている。生き生きと輝いている姿がカッコいい。(津島令子)

ヘアメイク:黒田啓蔵(K-Three)

スタイリスト:坂本久仁子

衣装:FABIANA FILIPPI、TASAKI