オハイオ川渡ると景色一変 銃犯罪が快活な南部の町をむしばむ 米国6600キロ第4回
[2023/12/10 10:00]
安くて便利なホテルを選ぶにはコツがある。狙うは郊外のショッピングモールだ。夕食では1杯飲んでほっとしたい。ただ走るだけの旅にしないために。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)
安さだけでホテルは決めるな 歩いて行けるレストランは心の泉
オハイオ州コロンバスに到着すると雨が強くなった。朝までにはやんでほしいと願いつつ、旅の2日目の夜をここで過ごす。
コロンバスは、中西部ではシカゴに次ぐ大都市だ。都市部のインフレは中西部でもはなはだしい。ダウンタウンのホテルはかなりの高額だ。こういう時は、郊外のショッピングモール周辺でホテルを探すのが節約のコツだ。
宿泊費が安いということだけでホテルを決めると、周辺にレストランが全くないホテルになる可能性が高い。車社会の米国の宿命だが、それだけは絶対に避けたかった。
長距離ドライブは長く緊張を強いられる。夕食の時は1杯飲んでリラックスしたい。食事の後に酒を飲む習慣はないので、食事と一緒に酒を楽しみたい。そうでないと、この旅が、ただ運転しているだけのむなしいものになってしまう。
1杯飲むとなると、ホテルから歩ける範囲にレストランがないといけない。ショッピングモールの近くなら、レストランは必ずある。だから郊外のショッピングモールの周辺でホテルを探す。
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人懐こい米国人 雨に濡れながらお薦めレストランを熱く語る人懐こい米国人 雨に濡れながらお薦めレストランを熱く語る
コロンバス南側の町、グローブシティのショッピングモールに条件が合うホテルがあった。ホテルチェーン、ベストウェスタンには「出張族」が続々とチェックインしていた。
荷物を降ろしてチェックインし、フロントのスタッフに周辺のレストラン情報を聞き出していたら、雨に濡れて入ってきたブルーカラー風の男性が「ほら、そこの、すぐ隣にルースターズがあるじゃないか。あそこが一番だよ。迷うことなんかないよ」と割り込んできた。
男性には絶対の自信があったようだ。クールな風貌だが、口調は熱かった。知らない土地で情報を収集する際は、こういう押しの強さが頼もしく感じられる。米国人の人懐こさは、旅人に優しい。
迷わずルースターズに向かった。オハイオ州を地元とする、チキンウイング(手羽)が評判のレストランだ。州内に32店を展開している。ケンタッキー州などにも出店しているが、あくまで地元重視だ。ニューヨークやロサンゼルスではお目にかかれないところが魅力を高める。
扉を開けると店は超満員。待っている人も長蛇の列で、空腹には耐えられなかった。泣く泣く別の店で食事を済ませたが、入れなくても心に残る店だった。
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トイレのカウボーイブーツに感動 この先のルート決めるトイレのカウボーイブーツに感動 この先のルート決める
ただ、泣く泣く入った別のレストランでも収穫があった。トイレの壁に高級カウボーイブーツのポスターがあり、胸が騒いだ。美しいブーツだった。高価で買えそうもないが、直接、見てみたい。そのブーツはテキサス州エルパソにあるという。
エルパソはテキサス州の西の端にある。まだ先なのでエルパソに行くかどうか、迷っていたが、これを見て行くことを決断した。旅全体に大きな影響を与える夕食だった。
10月6日、早めのスタート。コロンバスから西に約75キロのスプリングフィールドにあるウィッテンバーグ大学で、午前中に用事を済ませた。駐車場に止めた車に戻ったころには青空が戻ってきた。
シンシナティの混雑を抜けてケンタッキー州に 王者アリの故郷ルイビルへ
スプリングフィールドからは南西に走った。インターステート675(I-675)からインターステート75(I-75)に乗り継ぎ、シンシナティ市内の渋滞と複雑なジャンクションに悩まされながらオハイオ川を渡ると、そこは南部ケンタッキー州だ。この旅の6番目の州だ。広大なコーン畑と整然とした田園の住宅群が広がる中西部の景色が一変し、程よくごたごたした南部の活気ある雰囲気に包まれた。
インターステート71(I-71)をさらに南西に向かって走るとケンタッキー州最大の都市、ルイビルに到着した。
ボクシング世界王者モハメド・アリの故郷で、ダート競馬最大級のイベントであるケンタッキーダービーの開催地。KFC(ケンタッキーフライドチキン)の本社所在地で、KFCやタコベル、ピザハットなどのブランドを傘下に抱える外食大手、ヤム・ブランズの本拠地。そしてバーボンウイスキーの本場となれば、スポーツとギャンブルを愛する食いしん坊ののんべえが飛び跳ねて喜ぶ町である。
レシピ公開 老舗の味「ホットブラウン」は市民のソウルフードに
そんなルイビルで真っ先にしたいことがあった。ケンタッキーフライドチキンでもなく、バーボンウイスキーでもない。「ホットブラウン」と呼ばれるサンドイッチを食べることだ。
トーストの上にターキー、ベーコン、ハム、チーズ、トマトなどを乗せてオーブンで焼く。アツアツ、カリカリが美味しい。
ルイビルのダウンタウンにある老舗のブラウンホテルのシェフが1926年に考案したメニューだ。ブラウンホテルは作り方を公表していたため、ルイビルのレストランでは一般的なメニューになった。
どうせ食べるなら本家でと、ブラウンホテルで食べてみた。ターキーがチーズと絡み、しっとりとしていた。いつも食べるターキーのサンドイッチはパサパサだが、全く食感が違った。
この日は金曜日だった。夕方に立ち寄ったが、続々と客が訪れ、あっという間に満席になった。ほぼ白人客。見るからに富裕層で、別世界に迷い込んだかのようだった。
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銀行での乱射に市民震える 治安悪化は観光産業の脅威銀行での乱射に市民震える 治安悪化は観光産業の脅威
「ナイトライフ」が看板であるルイビルを悩ませているのは、発砲事件の増加だ。今年、発砲事件による死者は110人以上で、4年連続で100人を超えた。複数人が死傷した銃乱射事件は5件もあった。4月にはダウンタウンのオールド・ナショナル銀行で元従業員が銃を乱射し、5人が死亡、8人がけがをする事件が起き、市民を震撼させた。
治安の悪化は住民の安全を脅かすだけでなく、観光客の減少にもつながり、地元経済への打撃となる。ルイビル市当局は11月、発砲事件の情報をリアルタイムで入手できるアプリを開発したことを発表し、防犯と治安改善のツールとして市民に利用を促している。
快活でのんびりした雰囲気がルイビルの魅力だが、銃犯罪の闇が町を覆い始めている。