奴隷解放に思いはせるも、高速道路に人身売買の現実を見る 米国 6600キロ第3回
[2023/12/09 10:00]
![](/articles_img/900000935_1920.jpg)
ひたすら西に向かって走り、アパラチア山脈を越えて中西部へ。カーナビゲーションとスマートフォンを使った「二刀流走行」が冴える。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)
南北戦争の激戦地 枕元の写真にも「歴史」
![ゲティスバーグ リンカーン 南北戦争](../../articles_img/900000935_img_712ed376f8eb6ff0191348477c59d21b131021.jpg)
最初の宿泊地は、世界史の授業にも登場したゲティスバーグだ。ペンシルベニア州の南部に位置し、隣接するメリーランド州に近い。「人民の人民による人民のための政治」と第16代大統領、エイブラハム・リンカーンが演説をしたのはこの町だ。
大衆的なホテルチェーン、スーパー8に部屋を取った。米国とカナダを中心に約2000のホテルを運営しているので、部屋はどこでも同じようなものだろうと思いながらドアを開けたら、この地ならではの個性がみなぎっていた。ゲティスバーグが南北戦争(1861〜65年)の激戦地であることを説明するモニュメントの特大写真が、ベッドの枕元に飾ってあった。
1860年11月の大統領選で奴隷制に反対するリンカーンが勝利したが、奴隷制を支持する南部が反旗を翻し、合衆国から離脱した。これが南北戦争の始まりだ。
「ゲティスバーグの戦い」(1863年7月1〜3日)は南北戦争最大の戦闘で、南北両軍合わせて7000人以上が死亡、約3万3000人が負傷し、1万人以上が捕虜になったり逃走したりして行方不明となった。侵攻してきた南軍を北軍が撃退し、南北戦争の局面が変わった。約2年後に北軍が勝利し、奴隷制は廃止された。ゲティスバーグは奴隷制廃止に道筋を付けた歴史的な町である。
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「節約の神」のいたずらに泣く レストランにビールなし「節約の神」のいたずらに泣く レストランにビールなし
リンカーンは「ゲティスバーグの戦い」から4カ月後の1863年11月19日、この地に建設された国立戦没者墓地の開所式に出席して演説し「人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させない」と誓った。272語、2分ほどの短いスピーチは米国史上、最も重要な演説といわれる。
部屋のモニュメント写真に史実が全部書いてあるわけではないが、歴史の流れを一瞬に思い出させるほどの迫力があった。トランプ前大統領の誕生以降、米国の分断は深刻化し、南北戦争以来、最悪の状況にある。その米国の素顔に迫る旅の最初の宿泊地は、期せずしてゲティスバーグになった。偶然か、何かの導きか。荷物をほどきながら神妙な気持ちになった。
その一方で、猛烈に腹が減った。ホテルの近くで見つけたレストランチェーン、パーキンスに駆け込みミートローフとレモンハーブチキンを注文した。米国32州に展開する大手チェーンだ。ビールは何にしようかとメニューに目を走らせたが、記載がない。「節約の神」の啓示なのか。アルコール飲料は販売されていなかった。飲み物は水で我慢だ。他の店でビールを買うこともしなかった。
横断は「二刀流」で カーナビは遠距離に、スマホは市街地に強い
![カーナビ 横断](../../articles_img/900000935_img_731ca1247ad9dbb94acac43dc4e22a9d67442.jpg)
10月5日、起床して真っ先に頭によぎったのは、遅れを取り戻さねばならない、ということだった。当初の予定では2日目の宿泊地はケンタッキー州ルイビルだ。1日で遅れを取り戻すとなれば、ゲティスバーグから直接、ルイビルを目指さねばならないが、このルートは9時間以上のロングドライブになる。
オハイオ州内に用事があるので、そもそも、このルートは選べない。無理は禁物だ。この日は同州コロンバスまで行くこととし、カーナビゲーション(カーナビ)をセットした。
全くの無趣味、何かを収集する習慣も持ち合わせていないが、カーナビだけはいくつも買ってしまう。今やスマートフォン(スマホ)で道を検索する時代だが、世界中の道路を知り尽くすカーナビに、せん望と憧れの感情を抱いてしまう。
車にはカーナビは装備されていなかった。仮にあっても自分のカーナビを使う。今回の旅で起用したカーナビは、オランダの地図サービス大手、トムトムのデバイスだ。イタリアの家電量販店で購入した。
案内音声は低音で毅然としているのだが、道に迷うと黙ってしまう。カーナビなのに人に甘えるようなところがあるので、かわいらしいが突っ込みやすい「ピーチ」と名付けた。「ピーチ」に文句を言うこともしばしばだった。
カーナビとスマホを両立させるのが長距離ドライブのコツだ。カーナビは遠距離を移動するのに安定感があり、スマホは市街地を走る際に力を発揮する。快適に走るための「二刀流」だ。
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広大なトウモロコシ畑 収穫の様子見ながら州またぐ広大なトウモロコシ畑 収穫の様子見ながら州またぐ
![ペンシルベニア トウモロコシ 中西部](../../articles_img/900000935_img_ba53dd9bea3ec54f5bbcd208b0eab8f2146152.jpg)
欧州風の街並みのゲティスバーグのダウンタウンを散策したかったが、道を急ぐことを優先した。U.S.ハイウェイ30、インターステート76(I-76)沿いには広大なコーン畑が広がる。中西部のコーンベルトから連なるトウモロコシの一大産地で、収穫が続いていた。
インターステート70(I-70)に乗ってペンシルベニア州を抜けると、ウェストバージニア州に入った。旅の4つ目の州だ。
アパラチア山脈に抱かれた炭鉱の州である。人口の9割が白人だ。民主党が圧倒的に強い「ディープブルー」だったが、気候変動対策は州経済に強い逆風をもたらし、現在では共和党支持が圧倒的に多い「ディープレッド」になった。「変わらぬ米国」と「激変する米国」が同居している。
ウェストバージニア州は、ペンシルベニア州とオハイオ州の間にくさびを打ち込むかのように細長く入り込んでいる。東西に横切るとあっという間に通り過ぎる。そして旅の5つ目の州となるオハイオ州に入った。
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被害者の多くは女性や未成年 オハイオ州の危機感被害者の多くは女性や未成年 オハイオ州の危機感
![人身売買 現代の奴隷 オハイオ](../../articles_img/900000935_img_2f1472e898d556b72718a64d22935f62106156.jpg)
I-70の休憩所に立ち寄ると人身売買防止のポスターが目に留まった。「強制労働は現代の奴隷制」とある。
人身売買は売春や未成年労働と深く結びつき、女性や子供が被害者になるケースが多い。オハイオ州は都市部が多く点在し、移民の数が多い。他州やカナダとのアクセスを容易にする主要高速道路が5つも走るなど、人身売買の舞台になりやすい。人身売買問題は対策を急がねばならない州の大きな課題だ。
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初めての雨 フロントガラスはギラギラ 旅の不安材料に初めての雨 フロントガラスはギラギラ 旅の不安材料に
ポスターの写真を撮っていたら、大柄の白人男性が声を掛けてきた。
「大型トラックに移民がすし詰めで移動しているなんていうのも、ないことはないが、ほとんどは普通の乗用車で、見た目は普通に移動しているから、人身売買だとは分からない」
男性は大型トラックの運転手だった。人身売買のポスターを見た人は、大型トラックに向ける視線が厳しくなるという。
「困っちゃうよ。きちんと説明してくれないと。それにしても奴隷って、今もあるのだね。この国には」
休憩所を出るころに降り出した雨は、コロンバス市内に近づくにつれ激しさを増した。ワイパーのゴムが劣化しているのか、フロントガラスに打ち付ける雨水を十分にぬぐい取れない。油膜もあるのか、見通しが悪い。たかが雨、されど雨。対策を講じなければならない。