素顔に迫るなら走るしかない…その前に、ちょっとメキシコ 米国6600キロ第1回

[2023/12/02 18:00]

4

 分断が深まる米国を車で縦横断した。特派員として米国を取材し、その後も深くかかわってきたが、取材で各地を訪れても「点」を積み重ねるにすぎなかった。「面」でとらえなえれば米国の素顔には迫れない。そのためには地上を途切れなく移動するしかない。

 ならば自分でハンドルを握ろう。そう考えての横断だった。ニューヨークからロサンゼルスまで、縦断も含めて17日間で走破した。走行距離は約4100マイル(6598キロ)。米国は限りなく懐が深かった。

(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)

 ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。きょうから、毎週末に配信します。

■「走り出したら自らを律して」ならば、気ままな酒は先に飲む

メキシコのカンクンは米フロリダ州マイアミから飛行機で約1時間50分。1974年に初めての観光ホテルがオープンしてから急速に発展した=筆者撮影
メキシコのカンクンは米フロリダ州マイアミから飛行機で約1時間50分。1974年に初めての観光ホテルがオープンしてから急速に発展した=筆者撮影
カンクンのホテルの客室数は3万を超える。現在も新ホテルの建設が続く。カンクンのあるキンタナロー州は観光業からの収入が州のGDPの87%を占める=筆者撮影
カンクンのホテルの客室数は3万を超える。現在も新ホテルの建設が続く。カンクンのあるキンタナロー州は観光業からの収入が州のGDPの87%を占める=筆者撮影


 10月1日、メキシコのカンクンからニューヨークに戻った。横断するからと言って特段、緊張はしていなかったが、横断を始めたら深酒はしないよう自らを律するつもりだった。気の向くままに酒が飲めないのはストレスになる。ならば事前に発散させておこうと、スタート前の数日間、ラテンの明るさの中に身を置いていた。

メキシコでは骸骨が身近な存在だ。死は悲しみであるが、死者の魂は現世に戻り家族や友人と共に楽しく過ごすと考えられている。11月1、2日の「死者の日」は宵越しのカネを持たないメキシコ人が最も燃えるイベントだ=筆者撮影
メキシコでは骸骨が身近な存在だ。死は悲しみであるが、死者の魂は現世に戻り家族や友人と共に楽しく過ごすと考えられている。11月1、2日の「死者の日」は宵越しのカネを持たないメキシコ人が最も燃えるイベントだ=筆者撮影

 カリブ海に面したカンクンは猛烈な湿気と暑さで、どこにいても汗が吹き出してきた。上着もズボンも、染み込んだ汗が白い塩として浮かび上がった。失われた水分はビールとテキーラで補うのがここの流儀だ。

■ジェンダー対立で米ビール業界激震 メキシコ「モデロ」がトップに 

「モデロ」は、ライムを添えて提供されるビーチビールとは一線を画した味。日本でもなじみの深いメキシコビール「コロナ」と同じ醸造所で1925年に誕生した=筆者撮影
「モデロ」は、ライムを添えて提供されるビーチビールとは一線を画した味。日本でもなじみの深いメキシコビール「コロナ」と同じ醸造所で1925年に誕生した=筆者撮影

 メキシコのローカルビールはただのビールではない。代表的なブランド「モデロ・エスペシアル」は米国で最も売れているビールだ。そういう意味では米国のローカルビールでもある。

 長くナンバーワンの座に君臨した「バドライト」の広告にトランスジェンダーの俳優が起用されたことに保守派が反発し、今春以降、不買運動が巻き起こった。「バドライト」の販売数は急減し、「モデロ・エスペシアル」が首位の座を奪った。

保守派の不買運動を受けてバドライトの広告戦略は一転。昔ながらの米国人の姿を描いた愛国的な内容の広告になった(写真:AP/アフロ)
保守派の不買運動を受けてバドライトの広告戦略は一転。昔ながらの米国人の姿を描いた愛国的な内容の広告になった(写真:AP/アフロ)

 「バドライト」は「バドワイザー」を製造するアンハイザー・ブッシュのビールで、1982年に「バドワイザーライト」として販売が開始され、2年後に「バドライト」という名称になった。典型的なアメリカンラガーである「バドワイザー」はアルコール度数が5%だが、「バドライト」は4.2%。新しいビールを求めていた消費者の心をつかみ、トップブランドに昇りつめた。「ライトビール」という新領域を定着させた立役者である。

 米国では「性」を巡るリベラル派と保守派の考え方の違いは鮮明だ。意見の違いは社会的な対立に発展し、「バドライト」の栄光を打ち壊し、業界の勢力図を塗り替えてしまった。

■ラテン系移民2世が成人し需要底上げ ライトブーム曲がり角

カンクンは地元住民が住むダウンタウンと、ホテルやショッピングモールが並ぶ海岸のホテル地区に分断されている。タクシーは料金が高く観光客でさえ利用をためらう。路線バスは市民、観光客にとって重要な移動手段だ=筆者撮影
カンクンは地元住民が住むダウンタウンと、ホテルやショッピングモールが並ぶ海岸のホテル地区に分断されている。タクシーは料金が高く観光客でさえ利用をためらう。路線バスは市民、観光客にとって重要な移動手段だ=筆者撮影
年間で晴天が3分の2、雨天が3分の1あると言われるカンクンの平均気温は27度。周辺の海水温は高く、冬季でも26度、夏季は29度ぐらいになる=筆者撮影
年間で晴天が3分の2、雨天が3分の1あると言われるカンクンの平均気温は27度。周辺の海水温は高く、冬季でも26度、夏季は29度ぐらいになる=筆者撮影

 数十年の間に増え続けたラテン系移民の子供たちが成人し、米国内でのメキシコビールの需要を底上げていることも歴史的なトップ交代劇の背景にある。

 「モデロ・エスペシアル」のクリーミーな味わいは、「バドライト」に代表される水のように飲めるライトビールとは全く異なる。長らく続いた米国のライトビールブームが大きな曲がり角に来ているようでもある。

 ビールひとつから、米国の今がいくつも見える。「米国を知るならメキシコでビールを飲み干すべし」とは、カンクンのバーで唱えた自説である。

■テキーラ消費も急増 バーボン抜きウォッカを脅かす

カンクンのスーパーにずらりと並ぶトウガラシソース。「メキシコ人は辛い物好きだから胃腸が強いとよく言われるが、そんなことはない。辛い物を食べ過ぎて週3日は腹を壊しているよ」と苦笑いするメキシコ人は多い=筆者撮影
カンクンのスーパーにずらりと並ぶトウガラシソース。「メキシコ人は辛い物好きだから胃腸が強いとよく言われるが、そんなことはない。辛い物を食べ過ぎて週3日は腹を壊しているよ」と苦笑いするメキシコ人は多い=筆者撮影
人類がトウガラシを食用として栽培し始めたのは約6000年前と言われる。メキシコはその起源の1つとされる。現在、メキシコ国内では64種類のトウガラシが育てられている=筆者撮影
人類がトウガラシを食用として栽培し始めたのは約6000年前と言われる。メキシコはその起源の1つとされる。現在、メキシコ国内では64種類のトウガラシが育てられている=筆者撮影
すしブームは様々な形で世界に広がっている。カンクン市内のスーパーの片隅にあるフードコートには回転ずしがあった。握りずしはなく、巻きずしやサラダが回っていた=筆者撮影
すしブームは様々な形で世界に広がっている。カンクン市内のスーパーの片隅にあるフードコートには回転ずしがあった。握りずしはなく、巻きずしやサラダが回っていた=筆者撮影

 ビールだけではない。メキシコのテキーラも米国で旋風を吹かせている。昨年、テキーラの米国内での販売量が、金額ベースでバーボンなどの米国産ウイスキーを抜き、スピリッツのジャンルで2位となった。1、2年のうちにウォッカも抜いて、スピリッツのトップに躍り出るだろうと業界は分析している。

 テキーラはショットグラスでグイッと飲むのが最も美味しい飲み方とされる。ライムをかじって一気に流し込むと、原料のアガベ(リュウゼツラン科の植物)の香りが鼻に抜けて心地良い。 

■心の歌「Vivir Mi Vida」を一斉に熱唱 「自分の人生貫け」

メキシコには大手だけで10を超えるプロレス団体がある。覆面はメキシコのプロレスの象徴だ。古代マヤ、アステカの戦士が顔にペイントしていたことをモチーフにしている。ファン向けに覆面を販売する店はいたるところにある=筆者撮影
メキシコには大手だけで10を超えるプロレス団体がある。覆面はメキシコのプロレスの象徴だ。古代マヤ、アステカの戦士が顔にペイントしていたことをモチーフにしている。ファン向けに覆面を販売する店はいたるところにある=筆者撮影

 週末の夜、バーのステージには地元の女性歌手の姿があった。立て続けに歌を披露していたが、客はあまり耳を傾けず、仲間との会話に興じていた。

 ところがサルサ歌手マーク・アンソニーのヒット曲「Vivir Mi Vida」を歌い始めると、客の視線は一斉にステージに向かい、全員が踊り出した。「自分の人生を貫け」と呼び掛けるこの歌は、米国でもラテン系移民の「心の歌」だ。

 新型コロナウイルス感染拡大はラテンアメリカ各国に大打撃を与えた。貧困や組織暴力から抜け出そうと、多くの住民が米国に亡命を求めて押し寄せている。メキシコ国境を不法に越える人々の数は1カ月で20万人を超える。自分の人生を貫くために、命をかけて米国に向かっているのだ。

■宝くじで25ドル当たる 幸運引き寄せ走破に挑む

メキシコはカルテルと呼ばれる暴力組織による犯罪が社会を蝕む。カンクンでも抗争事件が相次ぐが、カンクン当局は観光客を狙った身代金目的の誘拐事件への警戒を強めている=筆者撮影
メキシコはカルテルと呼ばれる暴力組織による犯罪が社会を蝕む。カンクンでも抗争事件が相次ぐが、カンクン当局は観光客を狙った身代金目的の誘拐事件への警戒を強めている=筆者撮影

 
 ニューヨークに戻った翌日の10月2日には、当サイトで既に報じたように地下鉄で女性に襲われ手に傷を負った。(詳しくは【ニューヨークの地下鉄車内で女性に殴られた 治安悪化で路線を選ぶようになった市民】)それでも次の日の10月3日には、購入した宝くじ「Cash 4 Life」が見事に当たり25ドルを手にした。

 美酒、災難、幸運があって、いよいよ10月4日に米国横断が始まった。

  • メキシコのカンクンは米フロリダ州マイアミから飛行機で約1時間50分。1974年に初めての観光ホテルがオープンしてから急速に発展した=筆者撮影
  • カンクンのホテルの客室数は3万を超える。現在も新ホテルの建設が続く。カンクンのあるキンタナロー州は観光業からの収入が州のGDPの87%を占める=筆者撮影
  • メキシコでは骸骨が身近な存在だ。死は悲しみであるが、死者の魂は現世に戻り家族や友人と共に楽しく過ごすと考えられている。11月1、2日の「死者の日」は宵越しのカネを持たないメキシコ人が最も燃えるイベントだ=筆者撮影
  • 「モデロ」は、ライムを添えて提供されるビーチビールとは一線を画した味。日本でもなじみの深いメキシコビール「コロナ」と同じ醸造所で1925年に誕生した=筆者撮影
  • 保守派の不買運動を受けてバドライトの広告戦略は一転。昔ながらの米国人の姿を描いた愛国的な内容の広告になった(写真:AP/アフロ)
  • カンクンは地元住民が住むダウンタウンと、ホテルやショッピングモールが並ぶ海岸のホテル地区に分断されている。タクシーは料金が高く観光客でさえ利用をためらう。路線バスは市民、観光客にとって重要な移動手段だ=筆者撮影
  • 年間で晴天が3分の2、雨天が3分の1あると言われるカンクンの平均気温は27度。周辺の海水温は高く、冬季でも26度、夏季は29度ぐらいになる=筆者撮影
  • カンクンのスーパーにずらりと並ぶトウガラシソース。「メキシコ人は辛い物好きだから胃腸が強いとよく言われるが、そんなことはない。辛い物を食べ過ぎて週3日は腹を壊しているよ」と苦笑いするメキシコ人は多い=筆者撮影
  • 人類がトウガラシを食用として栽培し始めたのは約6000年前と言われる。メキシコはその起源の1つとされる。現在、メキシコ国内では64種類のトウガラシが育てられている=筆者撮影
  • すしブームは様々な形で世界に広がっている。カンクン市内のスーパーの片隅にあるフードコートには回転ずしがあった。握りずしはなく、巻きずしやサラダが回っていた=筆者撮影
  • メキシコには大手だけで10を超えるプロレス団体がある。覆面はメキシコのプロレスの象徴だ。古代マヤ、アステカの戦士が顔にペイントしていたことをモチーフにしている。ファン向けに覆面を販売する店はいたるところにある=筆者撮影
  • メキシコはカルテルと呼ばれる暴力組織による犯罪が社会を蝕む。カンクンでも抗争事件が相次ぐが、カンクン当局は観光客を狙った身代金目的の誘拐事件への警戒を強めている=筆者撮影

こちらも読まれています