「処方箋」の棚にテネシーウィスキー この世の憂さ晴らす薬 米国6600キロ第7回

[2023/12/23 10:00]

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メンフィス市内を見て回った。旅5日目の昼過ぎまでの走行距離は13キロ。

 メンフィスは「全米4大バーベキュータウン」の1つだ。本場の味はどこにも真似できない。食べ終わると、ケンタッキー州では飲めなかったウィスキーを、どうしても飲みたくなった。テネシー州のウィスキーも絶品だ。

(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)

 ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。毎週土曜日と日曜日に配信しています。

不審な少年が駐車場に…治安気にしながら路地裏のバーベキューへ 

ポークリブのバーベキュー。甘辛いソースの香りが食欲をそそる。付け合わせのベイクドビーンズとコーンにスプーンが突き刺さって出てきた=筆者撮影

 旅4日目、10月7日の宿泊地となるメンフィスは、テネシー州の南西端にある。ミシシッピ川をはさんで西側はアーカンソー州、地続きの南側はミシシッピ州だ。

 ダウンタウンには「オートゾーン・パーク」という球場がある。大リーグのセントルイス・カージナルス傘下の3A球団、メンフィス・レッドバーズの本拠地だ。宿泊したラキンタ・イン・アンド・スイーツ・バイ・ウインダム・メンフィス・ダウンタウンは、この球場の近くにある。

 米国では、球場の近くは治安が悪いとされる。ホテルがある球場の東側はダウンタウンとはいえ人通りが少なく、警戒が必要だった。ホテルは清潔で快適だが、宿泊しているとは思えない複数の少年が乗った車が数台、駐車場に止まっていた。念のため、ホテルのスタッフの目が届きやすいところに自分の車を止めた。

 夕食は、路地裏の老舗バーベキューレストラン、チャーリー・バーゴス・ランデブーでポークリブを食べた。米国には各地に自慢のバーベキューがあるが、ノースカロライナ東部、テキサス州、カンザスシティー、そしてこのメンフィスは「バーベキューの4大名所」として知られる。

ビーフ、チキンよりポークが圧倒的人気 手汚してかぶりつく

メンフィスバーベキューの老舗、チャーリー・バーゴス・ランデブーは地下にある。創業して間もなくはエレベーターのシャフトをくん製機として使用し、調理していた=筆者撮影

 ノースカロライナ、テキサスが広葉樹の丸太を割った薪でダイナミックに肉を焼くのに対し、メンフィスでは木炭でじっくりと時間をかけて焼く。ビーフもチキンもあるが、圧倒的にポークが美味しいといわれる。市民の多くは肩肉かリブを薦める。ソースは濃く、舌にピリッとくるものの甘い。

 メンフィスのバーベキューの歴史は、20世紀初頭に始まった。世界的な木材集積地として栄えたメンフィスには、多くの黒人労働者が周辺地域から移り住んできた。南北戦争(1861〜65年)当時、3800人ほどだったメンフィスの黒人人口は、20世紀初頭に約5万人に膨れ上がり、人口の半数以上を占めるようになった。

 さらに休日には、ミシシッピ州の木材工場などで働く黒人労働者が、こぞって遊びに訪れ、都会の味を探し求めた。

 メンフィスのバーベキューは、黒人労働者のエネルギーが生み出した味である。格好ばかり気にしていたら、せっかくの味がせせこましくなってしまう。ビールを飲みながら、思い切りかぶりついた。

 ビールの酔いが程よく回ってくると、昼に飲めなかったケンタッキーバーボンを思い出した。「ジャック・ダニエル」に代表されるテネシー州のウィスキーも美味しい。「ならばもう1軒」と、腹に余裕を持たせて店を出た。

3キロに渡る酒場群。ビールストリートで2軒目を探す

ブルースが聞こえるビールストリート。街並みは国の歴史的建造物に指定されている=筆者撮影
居酒屋の壁に飾られたカップ。かつての常連客の「マイカップ」だという=筆者撮影

 近くに古い居酒屋が集まるビールストリート(Beale Street)があった。ナッシュビルの「ホンキートンク」と同じように、生バンドの演奏を聞きながら酒を飲む店が並ぶ。約3キロのこの道は「ブルースの故郷」と呼ばれる。

 にぎやかな通りを歩き、店を探した。これだと思って入った店で、ウィスキーを注文するとプラスチックのカップで出てきた。しかも地元のウィスキーは「ジャック・ダニエル」しかないという。世界的銘柄よりも、地元のウィスキーを探していた身にすれば、極めて残念である。

 落胆してビールストリートを離れ、さまよっていると、魅力的な店構えのレストランバーが目に入ってきた。店名はヒューイズ。扉を開けただけで居心地のよさを感じ取り、あっという間に店になじんでしまった。

人情店の信条は「スマイル」 オンザロックはフォーフィンガー

ヒューイズの酒棚。「Prescriptions(処方箋)」の文字が輝く=筆者撮影
気前よく注がれたウィスキー=筆者撮影
ホウレンソウとアーティチョークのディップ。米国の前菜の定番メニューだ=筆者撮影
「スマイル」の張り紙。先代はヒューイズを地元の名店に育てた=筆者撮影

 テネシーウィスキーが並ぶ酒棚の上には「Prescriptions(処方箋)」のサインがある。酒はこの世の憂さを晴らす「薬」というわけだ。

 カウンターには、仕事帰りらしい女性の1人客の姿もある。客の会話は地元の話題であふれていた。調べてみると、ヒューイズは創業50年を超える。今ではメンフィスとその周辺に10店あるという。

 ウィスキーのオンザロックを注文すると、気前のいい量が出てきた。「ツーフィンガー」などというものではない。堂々の「フォーフィンガー」だ。チーズたっぷりのホウレンソウとアーティチョークのディップをつまみに、メンフィスの地元ウィスキー「オールド・ドミニク」を口に運ぶ。

 バーカウンターの中で酒を作る男性は、ニューヨーク州の出身だという。「ガルフ奨学金」という南部の大学に入学できる制度を利用してメンフィスに来て、この店で働き始めたことから住みついてしまったと話す。働く人にも居心地がいい店のようだ

飲んで食べるばかりが旅ではない プレスリーに会いに行こう

ビールストリートの店舗に飾られたエルビス・プレスリーの人形。ブルースだけでなくロックンロールも楽しめるストリートだ=筆者撮影
ストリートを彩るエレキギターの装飾灯=筆者撮影
ストリートを彩るエレキギターの装飾灯=筆者撮影

 美味しい酒を飲んで上機嫌でホテルに戻り、撮影した写真をチェックしていたら、ビールストリートに飾られた「ロックンロールの神様」エルビス・プレスリーの人形が目に留まった。バーベキューとウィスキーに気を取られ、音楽のことを忘れていた。

 ナッシュビルでもカントリー音楽をじっくりと聞くことができなかった。時間の関係で、メンフィスでも音楽をじっくりと聞くことはできないかもしれないが、プレスリーに少しでも近づきたい。食い気だけではいけない、と反省して眠った。

 10月8日、旅5日目。ホテルを出て、ほぼ真南に車を走らせた。メンフィス郊外にあるプレスリーの邸宅、グレイスランドには今も世界中からファンが集まる。好天の日曜日の午前、次から次に人々がグレイスランドに吸い込まれていった。しかし、予期せぬ出来事が、プレスリーとの出会いを阻んだ。

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