「建物に近づくな」プレスリーの邸宅で爆弾騒ぎ 特ダネを狙う 米国6600キロ第8回
[2023/12/24 10:00]
エルビス・プレスリーの邸宅で爆弾騒ぎがあり、仕事モードになった。「特ダネはいただきだ」と意気込んだが、あっさりと地元メディアに抜かれてしまった。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)
ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。毎週土曜日と日曜日に配信しています。
警備員の声響き、訪問客避難 グレイスランドに緊張走る
メンフィスに来れば、多くの人は大スター、エルビス・プレスリーに思いをはせる。少しでもプレスリーに迫ろうとメンフィス郊外にあるプレスリーの邸宅、グレイスランドを訪れた。
「ロックンロールの神様」は5.6ヘクタールという広大な敷地に、1957年から亡くなる77年まで暮らした。現在はステージ衣装や所有していたプライベートジェット、車などが展示される歴史的建造物として一般に公開されている。
年間65万人以上が訪れるとされるが、日曜日のこの日も、大型観光バスが続々と駐車場に入ってきた。
午前11時過ぎに到着し、車を降りて施設内に入ろうとしたが、警備員が「建物に近づくな」と大声を張り上げていた。警備員の表情は険しく、不測の事態が起きていることがすぐに分かった。指示に従い、建物から最も遠い駐車場の端に行くと、避難した訪問客であふれていた。
サイレン鳴らして走る警察車両 無線の音頼りに状況探る
約300メートル先にある道路を、サイレンを鳴らして走る警察や消防の車両が見えた。何が起きているのかの施設側からの説明はなかった。警備員に聞いても「何も分からない」を繰り返すだけだった。
事件となれば取材するしかない。行動できる範囲は限られるが、警備員が持つ無線の会話を聞ければ手掛かりはつかめる。そのため警備員の近くを離れずにいた。現場の顔出しリポートもいくつかのパターンを撮影した。大きなニュースになる可能性もある。今のうちにできることは何でもしておかねばならない。
情報が入手できない状態が続いたが、しばらくして、グレイスランドに爆弾を仕掛けたという通報があったと地元テレビ局が速報した。
やられた。現場にいながら他のメディアに抜かれてしまった。
スタッフにすぐ確認すると、1人の警備員がその内容を認めた。長く働く女性スタッフは「こんなことは初めてだ」と驚いていた。
いたずら通報 安全確認に時間かかると分かり、入場あきらめる
結局、爆発物は発見されなかった。そうとなるとニュース価値は格段に落ちる。広大な敷地のすべてをチェックしなければ開門はできないというので、しばらくは施設内に入れそうにない。
この後、ミシシッピ州を突っ切って、今日中にルイジアナ州ニューオーリンズまで行かねばならない。入場をあきらめるしかなかった。
メンフィスは「全米の危険な都市ランキング」でワースト10入りの常連だ。治安の悪化はさらに進み2023年の殺人事件の件数は、これまでで最悪だった2021年の346件を、11月に超えてしまった。
メンフィスには物流大手フェデックスの本社があり、米国内外に荷物を送る拠点になっているが、11月11日、フェデックスの大型トラックが信号待ちの最中に約40人の暴徒に襲われ、積み荷が奪われるという事件が起きた。大胆で荒っぽい手口が、全米にショックを与えた。
メンフィス市民は犯罪と背中合わせの生活を強いられている。爆弾騒動で被害に遭ったわけではないが、貴重な時間と楽しみを奪われた。
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キング牧師暗殺の地は車で15分 足跡たどりたかったキング牧師暗殺の地は車で15分 足跡たどりたかった
爆弾騒ぎで行けなくなってしまったのは、もう1カ所あった。グレイスランドから車で約15分の距離にあるローレイン・モーテルだ。1968年4月4日、米公民権運動の黒人指導者、マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺された場所だ。現在は黒人解放運動の博物館になっている。
プレスリーは黒人音楽に影響を受け、黒人と白人の音楽を融合したロックンロールで一世を風靡した。音楽で人種の壁を越えた。プレスリーのパフォーマンスに白人の若者が熱狂した一方で、保守的な白人の大人はプレスリーを敵視した。
キング牧師は63年8月、「私には夢がある」という歴史的な演説をワシントンで行った。プレスリーはこの演説に応える歌「If I Can Dream(邦題:明日への願い)」を、キング牧師暗殺の2カ月後に発表している。
次にメンフィスに来たら、2人の足跡をたどってみよう。
暗闇の中で羽虫の大群に取り囲まれながらニューオーリンズへ
メンフィスを出てインターステート55(I-55)をひたすら南下した。旅の9つ目の州であるミシシッピ州に入り、西日を右から受けながら、湿地帯を通り抜けた。
キング牧師の「私には夢がある」の演説には、何度もミシシッピ州が登場する。その中に次のような言葉がある。
「いつの日か、不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ、自由と正義のオアシスに変身する、という夢である」
夕日に照らされた美しい木々を横目でとらえながら、なんとなく目頭が熱くなった。
旅の10番目の州、ルイジアナ州に入ったころには日が暮れかけていた。ニューオーリンズに近づくころにはとっぷりと暮れ、市街地まで約60キロの地点に来ているのに、周囲は真っ暗で路面以外は何も見えなかった。カーナビの「ピーチ」は、湖が点在する野生動物保護区を現在地として映し出していた。
その時、車のボディーからバサバサバサという音がした。雨が打ち付けているような音だった。フロントガラスには小さな物体がいくつもぶつかって来る。どうやら羽虫の大群に囲まれているようだ。
暗くて見えなかったが、湿地帯の生物がうごめく中を走行していた。そのうち硫黄のような匂いが車内に漂ってきた。不気味だった。
羽虫の攻撃を、調子の悪いワイパーで振り払い、ようやくニューオーリンズのホテルにたどり着いた。ひどく汚れた車の前方を見て、鳥の大群が人を襲うアルフレッド・ヒッチコックのパニック・スリラー映画「The Birds(鳥)」を思い出した。