「俗世間離れてサボテンになりたい」 孤高の立ち姿にひかれる 米国6600キロ第22回

[2024/02/18 10:00]

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 正面に太陽。光を遮る雲も山かげもない。夕方に砂漠を西に走るのは格闘技だ。

(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)

 ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。毎週土曜日と日曜日に配信しています。

乾いた大地、遠くにそびえる岩山 手前には人?

道路標識に「ロサンゼルス」の文字。最終目的地の名前を見たのは初めてだった=筆者撮影
延々と続くソノラ砂漠の風景=筆者撮影

 旅13日目の10月16日午後3時過ぎ、アリゾナ州フェニックスからユマに向かって走り出した。ユマはアリゾナ州の南西の端に位置する。その先はもうカリフォルニア州だ。インターステート10(I-10)に乗って西に走ると、「ロサンゼルス」と書かれた道路標識が現れた。最終目的地が近くなってきた。

 左折してアリゾナ州道85に入った。道沿いには町はない。乾いた大地、遠くにそびえる岩山、手前にはサボテン。それしか目に入ってこない。

 数え切れないほどのサボテンを見ていると、サボテンが立っている人間のように見えてくる。

初めて花を咲かせるのは35年以上たってから

一定の距離を保って自生するサワロサボテン=筆者撮影

 この辺りのサボテンは、サワロサボテンと呼ばれる種類で、ソノラ砂漠だけに自生する。12〜18メートルの高さまで成長するが、最も高いサワロサボテンは約24メートルまで伸びた。

 成長のペースは遅く、発芽して1〜1.5インチ(2.5〜3.8センチ)まで成長するには8年かかる。初めて花を咲かせるまでに35年以上の時間を要する。寿命は長く150〜200年間も自生する。

 サボテンには群生という言葉は当てはまらないと思った。一定の距離を保って生えている。1本1本が「自立」しているようだ。

 雨が降らない厳しい環境で自生しているからこその特徴だが、わずらわしい社会を嫌い、馴れ合いから一線を画しているようにも見える。俗世間から離れサワロサボテンになりたいという思いが頭をもたげた。

真正面からの夕日 遮る雲もなく太陽との闘い

地平線近くにも雲はない=筆者撮影
山かげがはっきりと見えてきたが、太陽が隠れるには時間がかかった=筆者撮影

 州道85はヒラベンドという町でインターステート8(I-8)と交差する。この辺りまで来ると、沿道に畑や太陽光発電パネルなど「人の営み」が目に入ってくる。

 午後5時を過ぎると、夕日が気になるようになった。東から西に米国を横断し、夕方は太陽のまぶしさに悩まされ続けてきたが、これほどまで正面に太陽があるのは初めてだった。砂漠で乾燥しているので陸地に近い地平線沿いにも雲がない。太陽光線の角度が、どんどん水平に近づいてくる。サングラスをしていても、目を開けているのがつらい。

 ユマまで約50キロに迫ったウェルトンという町を通過するころに、ようやく山が近づいてきて、太陽が山かげに隠れた。

日本人オーナーではない店がすしを庶民に広げる

ユマのニンジャスシの店内。ヒスパニック系の労働者風のグループがすしを楽しんでいた=筆者撮影

 ユマに到着した。この日はI-8とU.S.ハイウェイ95の交差点近くにあるラ・フエンテ・イン・アンド・スイーツに宿泊することにした。フロントや部屋の芳香剤のにおいが鼻についた。

 ホテルの向かいにニンジャスシというレストランがあった。正統派のすし店ではないが、カリフォルニアロールなど米国流の細巻きはおいしかった。

 オーナーは韓国人で、店員にはアジア人もいる。ヒスパニック系の労働者風の男性グループが楽しそうにすしを食べていた。すしはラーメンなどとともに、米国の市民生活の裾野にまで浸透している。

 ニューヨークなどの大都市にある日本人が経営するすし店は、超高級店ばかりになってしまった。到底、庶民の口には入らない。日本人以外が経営するすし店は、一般的な価格で提供するため、すしを庶民に広げる担い手になっている。米国ですしを食べるなら、こちらの方が手軽に食べられて楽しい。日本人はすしで儲けることばかりに走り、誰もが食べられるすし作りを忘れてしまっているのではないか。

マクドナルドでコーラを注文するにもスペイン語

サンルイスの国境検問所。手をつないでメキシコに向かう男女=筆者撮影
メキシコとの国境の壁。トランプ前大統領は在任中に壁の視察でサンルイスを訪れた=筆者撮影

 明けて、旅14日目の10月17日になった。ユマは主に西側にメキシコとの国境があるが、南側の国境を目指してサンルイスという町を訪ねた。

 サンルイスは、トランプ前大統領が推し進めた国境の壁の建設で度々、メディアに登場した。トランプ前大統領は在任中の2020年6月23日、サンルイスを訪れて壁を視察した。

 人口は約3万5000人。国境検問所付近はテキサス州エルパソよりも整然としていた。話し声に耳を傾けると、すべてスペイン語だ。マクドナルドでコーラを注文したが、スペイン語しか通じなかった。

スーパーには両替所 インフレでも1ドル未満の値札

スーパーの両替窓口=筆者撮影
コッペパンは1個33セント=筆者撮影
小玉スイカは44セント=筆者撮影

 スーパーに入ると出入口に両替所があった。国境の町では見慣れた光景だ。物価は安い。この店ではパンやスイカなどに1ドルに満たない値札が掲げられていた。

 サンルイスは国境沿いに川がほとんど流れていない。このため米国とメキシコを結ぶ密入国や密輸目的の地下トンネルがしばしば見つかる。

 2018年8月には、かつてケンタッキーフライドチキンの店舗があった建物から、国境を越えてメキシコの住宅の地下までつながる180メートルにおよぶトンネルが発見された。

 2020年8月には未完成のトンネルが発見された。換気システムや水道、電気のラインまで完備され、国境警備隊は「米国史上、最も洗練された密入国トンネル」と表現した。

カーナビをセットしたら現在地はメキシコだった

道路標識に「メキシコ」。注意しないとふらりとメキシコに入ってしまう=筆者撮影

 カリフォルニア州に向かおうとカーナビゲーションをセットしたら、メキシコに入国するルートに誘導された。これではよくないのでセットし直したら、なぜか現在地がメキシコだった。ソフトバンクのスマートフォンには「メキシコでは国際電話サービスの『アメリカ放題』は使えない」とのメッセージが届いた。機器の計測が混乱していた。

  • フェニックスからユマを経由してサンルイスまで。走行距離は361キロ。
  • 道路標識に「ロサンゼルス」の文字。最終目的地の名前を見たのは初めてだった=筆者撮影
  • 延々と続くソノラ砂漠の風景=筆者撮影
  • 一定の距離を保って自生するサワロサボテン=筆者撮影
  • 地平線近くにも雲はない=筆者撮影
  • 山かげがはっきりと見えてきたが、太陽が隠れるには時間がかかった=筆者撮影
  • ユマのニンジャスシの店内。ヒスパニック系の労働者風のグループがすしを楽しんでいた=筆者撮影
  • サンルイスの国境検問所。手をつないでメキシコに向かう男女=筆者撮影
  • メキシコとの国境の壁。トランプ前大統領は在任中に壁の視察でサンルイスを訪れた=筆者撮影
  • スーパーの両替窓口=筆者撮影
  • コッペパンは1個33セント=筆者撮影
  • 小玉スイカは44セント=筆者撮影
  • 道路標識に「メキシコ」。注意しないとふらりとメキシコに入ってしまう=筆者撮影

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