「この町が安全だと思ったことは一度もない」頼れるのは自分だけ 米国6600キロ第17回
[2024/02/03 10:00]
国境の町のマクドナルドには銃を持ったガードマンの姿があった。ダウンタウンの夜のイベントにも警察官が配備されている。銃によって守られる日常だ。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)
子供たちの歓声が響くマクドナルドの警備員の腰に拳銃
ウエスタンファッションに夢中になり、旅10日目、10月13日の宿を探すのが遅くなってしまった。テキサス州の西の端にありメキシコとの国境の町であるエルパソは、お世辞にも治安がいいとは言えない。ホテル探しも慎重になる。
中心部をほぼ東西に走るU.S.ハイウェイ62沿いにあるマクドナルドに入って、旅行サイトを検索することにした。ラテン系の家族連れが多く訪れ、小学生ぐらいの子供たちや乳幼児の声が店内に響き渡っていた。
平和な光景とは裏腹に店の入口には拳銃を腰に差したガードマン1人が立ち、店内の様子に目を光らせていた。マクドナルドでさえ、防犯は銃に頼らざるをえない。
このマクドナルドから南に約900メートル行くとメキシコとの国境にぶつかる。U.S.ハイウェイ62から国境までの地区と、U.S.ハイウェイ62より北側の地区では、町の雰囲気が全く異なる。国境近くでは人の気配がない道は避け、持ち物に細心の注意を払う必要がある。米国では通り1つ違うだけで治安状況ががらりと変わるということは度々あるが、エルパソの中心部もその典型だった。
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米国とメキシコの文化が共存 ホテル稼働率は70%以上米国とメキシコの文化が共存 ホテル稼働率は70%以上
「エルパソはいい所だが、この町が安全だと思ったことは一度もない。どこが安全でどこが危険なのかは、自分の感覚で判断するしかない」
カウボーイブーツの製造所を案内してくれた女性が話していたことを思い出した。生まれも育ちもエルパソだというこの女性の言葉には、米国で生きる術が凝縮されている。
宿泊はスタントン・ハウスというブティックホテルにした。1912年に建てられた元家具店の倉庫を改築し、2018年にオープンした上品なホテルだ。モーテルに比べれば高いが、たまにはしゃれた雰囲気の中で眠りたいと思った。
エルパソは米国文化とメキシコ文化の両方が楽しめる町だ。米国内や海外から多くの観光客が訪れるため、市内の96のホテルの稼働率は70%を超える。ホテル産業はエルパソの経済を支える主力ビジネスである。
キュウリでマルガリータを飲み、青トウガラシスープで腹を温める
チェックインを済ませ、夜の帳に包まれたエルパソのダウンタウンに繰り出した。空腹だったので、吸い寄せられるようにホテルのそばにあるパーク・タバーンというレストランに入った。
金曜日の夜ということもあり、店内はビジネスマンや若者らでいっぱいだった。飲み物はここでもマルガリータにした。無類のキュウリ好きなので、ライムでなくキュウリを入れてほしいと注文したら、キュウリの薄切りにチリライムシーズニング(乾燥トウガラシや乾燥ライム、食塩などを混ぜた粉末)がたっぷりと塗られていた。
チリライムシーズニングはマルガリータとの相性がいい。酸味と辛さがマルガリータの「甘くて苦い味」にぴったりだ。縁にびっしりとチリライムシーズニングをつけたグラスでマルガリータを提供する店は多い。
キュウリとチリライムシーズニングの組み合わせは予想していなかった。ともにアルコールをマイルドにする作用があるようで、グラスを傾けるペースが早くなる。
マルガリータで冷えた腹を青トウガラシのスープで温めた。酔いが回ってきたところで前菜のカラマリ(イカのフライ)をたいらげ、次にメーンのスカートステーキ(ハラミステーキ)を食べた。アボカドソースは、やや硬めの肉にまろやかな食感を与えていた。
フードトラックに音楽イベント 警察官に守られて週末の夜を楽しむ
腹を満たしたところで、ダウンタウンの中心部に向かった。市のシンボルでもあるサン・ジャッキント・プラザでは音楽イベントが開かれ、にぎわっていた。夜なのにステージで子供たちが歌や踊りを披露していた。
周辺にはバーベキューなどのフードトラックが並び、いい臭いを漂わせていた。その中にあったすしのフードトラックは巻きずしが自慢のようだった。メニューにはアボカドとカニの身などが入ったカリフォルニアロールや、アボカドとクリームチーズなどが入ったフィラデルフィアロールなど定番ロールが並んでいたが、一番下に「スシブリトー」という文字が記されていた。
メキシコ料理のブリトーのように、トルティーヤ(小麦粉などで作った薄い生地)で酢飯と具をくるんだ太巻きだ。
米国では正統派のすしへの人気が高まる一方で、日本人の間では「なんちゃってずし」と呼ばれる外国風にアレンジされたすしも種類が増え続けている。スシブリトーは人気メニューとして定着しつつある。
米国でのメキシコ料理ブームと和食人気が融合してできた新メニューだ。大げさに言えば「時代の寵児(ちょうじ)」である。
フードトラックの前で立ち止まって、食べるかどうか考えたが、満腹だったので注文は控えた。握りずしなら食べてもよかったが、ブリトーみたいな太巻きは重すぎる。この後、旅の道すがら、どこかで見かけたら食べてみよう。
広場周辺には銃を持つ多数の警察官が配備されていた。マクドナルド同様、夜のイベントも銃によって安全が確保されていた。乱射事件が日常的に発生し、銃の存在が市民生活を脅かしている米国だが、銃がなければ安心を確保できないのも事実である。米国の悲しい現実を目の当たりにした。