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2024年1月28日 10:00

ウエスタンファッションにこだわる職人とビジネスマンの意地 米国6600キロ第16回

2024年1月28日 10:00

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 テキサス州の西端にあるエルパソに入る。モノ作りと交易の町は、ウエスタンファッションの愛好者には楽園だ。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)

 ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。毎週土曜日と日曜日に配信しています。

交通量の多い交差点が恋しい 雑談したくなりガソリンスタンドへ

ラスクルーセスの交差点で店の大売り出しの看板を掲げる男性。交通量の多い交差点は久しぶりだ=筆者撮影
男性の腕の入れ墨の文字は「悟」。ラスクルーセスのガソリンスタンドで見かけた。米国では漢字の入れ墨が人気だ=筆者撮影

 いくら走っても人の営みがなかった。U.S.ハイウェイ70がホワイトサンズ・ミサイル実験場内を通過しているので致し方ないが、こういう時間が長いと不安になる。同じ何もない所でも、ランチ(放牧場)に囲まれた地域を走り抜けるのとは緊張の度合いが違った。

 しばらくして、ようやく人の営みを感じられる地域にたどり着いた。ニューメキシコ州第2の都市であるラスクルーセスだ。

 交通量が多い交差点は走りにくくて敬遠したくなるが、久しぶりに出くわすと逆にほっとする。ガソリンを入れるにはまだ早かったが、見知らぬ人と雑談がしたくなったのでガソリンスタンドに立ち寄った。

 ビッグサイズのコカ・コーラを買った。レギュラーコーラとコーラゼロを混ぜてカップに入れた。甘さと炭酸の刺激が緊張をほぐしてくれた。

再びテキサス州へ 「中部時間」に戻るつもりが「山岳時間」のまま

I-10に設置されたテキサス州に入ったことを示す掲示板。道路沿いには「Hit By a Truck Call Chuck(トラックにはねられたらチャックに電話しろ)」という看板がいくつもあった。乱暴な運転の大型トラックに小型車が衝突される事故が多いため、法律事務所が設置している=筆者撮影

 旅の10日目、10月13日の宿泊予定地はテキサス州のエルパソだ。ここまでくればインターステート10(I-10)を南に進むだけだ。工事による車線規制は多かったが、久しぶりのインターステートは走り心地がよかった。

 再びテキサス州に入った。テキサス州は山岳時間のニューメキシコ州より1時間早い中部時間なので、エルパソに着いて時間が変わると思っていたが、エルパソはニューメキシコ州と同じ山岳時間だった。テキサス州の西端、メキシコとの国境にあるため、エルパソからは州最大都市のヒューストンよりも、カリフォルニア州の太平洋岸にあるサンディエゴの方が近い。

 エルパソで最初に立ち寄ったのはカウボーイブーツの製造所だった。オハイオ州のレストランに張ってあったポスターを見て、手作りのカウボーイブーツを直接、見てみたいと思っていた。地図で探すと地元で有名なオーダーメイドのブーツ製造所、ロケットバスターブーツがエルパソ駅の近くにあることを知り、訪ねてみた

注文生産、すべて手作業 個性あふれるブーツがずらり

製造所にずらりと並んだブーツ=筆者撮影
ブーツの色や柄は多様だ=筆者撮影
注文を受けて製作した稲妻柄のブーツ=筆者撮影
人気の「日本柄」。和装姿の女性の顔がコミカルだ=筆者撮影

 レンガ造りの倉庫を改造した製造所の扉を開くと、作り上がったブーツがズラリと並んでいた。注文生産のみ。デザインから加工、製造まで、すべて手作業だ。1足当たりの価格は安くても1000ドル。材料や細工にこだわれば6000ドル以上する。この日のドル円レートは1ドル=149円台だったので、日本円では安くても約14万9000円、高いものは約89万4000円以上になる。

 とても手が出ないので尻込みしていたが、女性スタッフが製造所内を案内してくれた。デザインの希望はできる限りきいてくれるといい、どれも個性あふれるデザインだ。

 ある女性の顧客は、空港で搭乗を待っていたら雷に見舞われ出発が遅れたことから、その様子をブーツにしてほしいと希望してきた。空色を基調に、雲と稲妻が描かれたキュートなブーツ(上の写真3枚目)になった。

 最近の米国での日本ブームを反映して、錦鯉や女性の和装姿など日本風の模様を注文する人が多い。牛やダチョウ、ヤギ、ヘビ、トカゲ、ワニなど皮革の原料も豊富だ。

「本物」にこだわる職人魂が町の産業を守る 有名人も顧客に

製作所内に飾られた大きなブーツ。実用品と同じように製作された中では世界最大。高さは約1.3メートルでギネスブックにも登録されている。職人が3カ月かけて作った=筆者撮影
革に色付けする職人=筆者撮影
製造所内に張られた有名人顧客の写真=筆者撮影

 アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローン、テイラー・スウィフトら俳優や歌手も顧客だという。

 エルパソには、メキシコ革命が始まった1910年ごろから靴職人が多く集まり、ブーツ産業が栄えた。現在では49の製造所があり、米国の「カウボーイブーツ界の首都」といわれる。

 女性スタッフは「安いブーツはどうやって作っているのだろうかと思い、買ってきて分解したら、薄っぺらな革の間から紙が出てきた。そういうものはブーツとは呼べない」と話していた。「本物」にこだわる気概が強く、職人魂がこの町の産業を守っている。

国境越えてメキシコに行けば安価な品がありそうだが…

国境の米国側検問所。その向こうはメキシコだ。メキシコ側には米国に亡命を求める人々が押し寄せているが、ソーシャルメディアで「エルパソの国境が開放された」とのデマが広がり、混乱することがしばしばある=筆者撮影

 しかし、こだわればこだわるほどブーツの価格は高くなり、実際にランチ(放牧場)で働く地元のカウボーイたちの手に入らなくなる。地元のブーツ愛用者の中には、国境をまたいで物価の安いメキシコで買い求める人も少なくない。

 せん望の眼差しで美しいブーツを眺めていたが、庶民の感覚に戻り、いっそのことすぐそこの国境を渡ってメキシコでブーツを買おうかと思った。しかし、中南米から多くの亡命希望者が押し寄せ、国境付近の緊張は高まっている。軽い気持ちで陸続きの国境を渡ると、トラブルに巻き込まれる恐れがある。

 トラブルを恐れるわけではないが、そうなると限られた時間での米国横断が危うくなる。ここまできたからには初志貫徹といきたい。迷ったが、メキシコ側に行ってブーツを探すのは断念した。

 ところが、地元住民の話によるとエルパソにも期待に応えてくれる店があるという。現役カウボーイたちからの支持が厚いウエスタンファッションの大型専門店がダウンタウンにあった。

カウボーイの支持厚い大型店 頭のてっぺんからつま先までそろう

スター・ウエスタン・ウエアの店内。現役カウボーイだけでなく、周辺住民が普段着を買い求める。店のオーナーは2023年7月にエルパソ郊外のショッピングセンターを買収し、さらなる業績拡大を目指す=筆者撮影
スター・ウエスタン・ウエアの店内=筆者撮影
店内には多種多様なジーンズが並ぶ=筆者撮影
カウボーイハットも、もちろん豊富だ=筆者撮影
ここでカウボーイハットを調整してくれる=筆者撮影
スター・ウエスタン・ウエアの店の外観=筆者撮影
購入したジーンズとブーツ=筆者撮影

 1964年創業のスター・ウエスタン・ウエアは現在、エルパソ市内に3店舗を展開する。立ち寄ったダウンタウン店は国境から1キロほどの地点にある。売り場は1階と地下の2フロアでジーンズ、シャツ、ジャケット、帽子、ブーツ、アクセサリーなどウエスタンファッションが何でもそろう。

 カウボーイの仕事着として、丈夫で使いやすく、値ごろな商品を売るというのが、この店の考え方だ。ジーンズの売り場に行くと、有名ブランドから専門ブランドまで多種多彩。これまで数多くの米国の大規模店を訪ねたが、ジーンズの数がここまで多い店は見たことがない。カウボーイハットは購入したその場で、自分の頭の形に合わせてくれる。

 実はウエスタンファッションに憧れていた。あまり物を買うタイプではないが、売り場に魅了され、刺しゅうが美しいジーンズと実用的なブーツを買ってしまった。

 2つ合わせて約450ドル。1ドル=149円で計算すると約6万7000円になる。この旅で最も大きな買い物になってしまった。

 店のスタッフの半分ほどは、スペイン語しか話せない。スペイン語を勉強中の身にとっては、絶好の実習の機会となった。

  • ホワイトサンズからエルパソまで。旅10日目の昼過ぎからの走行距離は154キロ
  • ラスクルーセスの交差点で店の大売り出しの看板を掲げる男性。交通量の多い交差点は久しぶりだ=筆者撮影
  • 「悟」という文字を腕に入れ墨した男性。ラスクルーセスのガソリンスタンドで見かけた。米国では漢字の入れ墨が人気だ=筆者撮影
  • 「悟」という文字を腕に入れ墨した男性=筆者撮影
  • I-10に設置されたテキサス州に入ったことを示す掲示板。道路沿いには「Hit By a Truck Call Chuck(トラックにはねられたらチャックに電話しろ)」という看板がいくつもあった。乱暴な運転の大型トラックに小型車が衝突される事故が多いため、法律事務所が設置している=筆者撮影
  • 製造所にずらりと並んだブーツ=筆者撮影
  • 製造所にずらりと並んだブーツ=筆者撮影
  • 注文を受けて製作した稲妻柄のブーツ=筆者撮影
  • 人気の「日本柄」。日本の着物の柄を取り入れている。和装姿の女性の顔がコミカルだ=筆者撮影
  • 製作所内に飾られた大きなブーツ。実用品と同じように製作された中では世界最大。高さは約1.3メートルでギネスブックにも登録されている。職人が3カ月かけて作った=筆者撮影
  • 革に色付けする職人=筆者撮影
  • 製造所内に張られた有名人顧客の写真=筆者撮影
  • 国境の米国側検問所。その向こうはメキシコだ。メキシコ側には米国に亡命を求める人々が押し寄せているが、ソーシャルメディアで「エルパソの国境が開放された」とのデマが広がり、混乱することがしばしばある=筆者撮影
  • スター・ウエスタン・ウエアの店内。現役カウボーイだけでなく、周辺住民が普段着を買い求める。店のオーナーは2023年7月にエルパソ郊外のショッピングセンターを買収し、さらなる業績拡大を目指す=筆者撮影
  • スター・ウエスタン・ウエアの店内=筆者撮影
  • スター・ウエスタン・ウエアの店内=筆者撮影
  • スター・ウエスタン・ウエアの店内=筆者撮影
  • ここでカウボーイハットを調整してくれる=筆者撮影
  • スター・ウエスタン・ウエアの店の外観=筆者撮影
  • 購入したジーンズとブーツ=筆者撮影