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2024年2月24日 10:00

蒸発し続ける塩湖 「見捨てられた地」で発見された重要資源 米国6600キロ第23回

2024年2月24日 10:00

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 最終目的地のロサンゼルスがあるカリフォルニア州に入った。砂漠が広がる内陸部は西海岸の華やかさとは別世界だ。

(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)

 ニューヨークからロサンゼルスまで、途中いくつもの町に立ち寄りながら6600キロを走破して見えた米国のいま。毎週土曜日と日曜日に配信しています。

感動のカリフォルニア州入りにしばらく気付かず走る

さらさらの砂が広がっていた=筆者撮影
移動中の軍人と目であいさつ=筆者撮影

 横断14日目の10月17日午前に訪れた国境の町アリゾナ州サンルイスからユマに戻り、そのままインターステート8(I-8)に乗って西に向かうと、すぐに旅14番目の州であるカリフォルニア州に入った。州としての最終目的地だ。アリゾナから州をまたいだ瞬間、胸が熱くなるだろうと想像していたが、道路標識を見過ごし、カリフォルニア州に入ったことにしばらく気が付かなかった。

 沿道の砂漠の砂が細やかになっていた。所によってはサボテンも低木も生えていない砂だけの大地になった。砂漠の「顔」は地域によってかなり異なる。飛行機でなく地上を移動していると、地勢の変化を肌で感じられる。特に西部は特色がはっきりしている。

 I-8をそのまま西に進めば太平洋に面したサンディエゴに着くが、途中、カリフォルニア州道111を右折して北に向かった。この日の目的地は、砂漠の中の都市パームスプリングスだ。各界のセレブを含めて、西海岸に住む人々がこぞって訪れるおしゃれな町だ。

悪臭が車内にも 想像を超える数の畜牛に圧倒される

道路沿いの大規模家畜場。牛と視線が合った=筆者撮影

 州道111の先にはカリフォルニア州最大の湖のソルトン湖がある。この湖の西側を通り抜けようと一旦、州道78に入ったが、ウェストモーランドという町まで来たところで東側のルートに変更した。間もなく夕方になる。逆光にはなるが、東から西に向かって湖を見た方が、光の加減でよりよい映像が撮れるのではいかと思ったからだ。

 再び州道111に入るため農道を東に向かった。舗装されていない道を、砂ぼこりをまき散らしながら走ると、広大な敷地の家畜場が道の両サイドに見えてきた。

 万の単位はいるだろうか。膨大な数の畜牛が柵の中にすし詰めになっている。これまで見たこともない畜牛の数に圧倒された。道路に近いところにエサの置き場があるようで、道路に向かって首を出している牛もいる。

 カリフォルニア州インペリアル郡には、こうした大規模家畜場が多くある。テキサス州などのランチは放牧場だが、この辺りは効率を重視した育て方をしているようだ。

 温室効果ガスの排出にもつながるため、特殊な装置を導入して糞尿の処理をしているが、臭いの問題は完全には解決できない。窓を閉めていても、臭いが車の中に入ってくる。この牛の大群に囲まれたら、なすすべもないだろう。早くここから抜け出したい。ハンドルを握る手に力が入った。

コロラド川の大洪水で誕生した新たな生態系

カリフォルニア最大の湖であるソルトン湖。この地は古代から洪水、枯渇を繰り返してきた=筆者撮影
ソルトン湖の水の塩分濃度は4%を超える。太平洋の海水よりも濃い=筆者撮影

 巨大な家畜場を離れてほっと一息。しばらくするとソルトン湖が見えてきた。内陸にある塩水の湖は、特殊な誕生の経緯から複雑な運命をたどっている。

 湖畔の町にはほとんど人影がない。落書きだらけの建物跡が点在する「ゴーストタウン」ばかりだ。

 ソルトン湖とその周辺は古代から、コロラド川の水が流れ込んでは干上がるという営みを繰り返してきた。1900年に周辺地域で大規模な灌漑(かんがい)事業が始まったが、1905年のコロラド川の大洪水で用水路が決壊し、大量の水が流れ込んで現在のソルトン湖ができた。長さ約89キロ、幅40キロの巨大な水たまりには大量の魚も流れ込み、そこに水鳥がたむろし、新しい生態系が誕生した。

1950年代にリゾート開発 干上がり有害な砂塵まき散らす

ソルトン湖畔の町ニランドにある廃墟=筆者撮影
かつて観光地として栄えたソルトン湖東側の町ボンベイビーチは「ゴーストタウン」のようだ=筆者撮影
濃度の上昇などソルトン湖の水質悪化で死んだ魚=2018年4月、AP/アフロ

 砂漠の中に出現した湖は美しく、1950年代から高級住宅地と観光施設の開発が進んだ。ヨットハーバーやホテル、ゴルフ場が建設され、大物歌手ら富裕層が集う高級リゾート地になった。

 ただ、ソルトン湖の水は海に流れ出ない。元々、コロラド川の水は塩分が濃いうえに、ソルトン湖の湖底の土壌にも塩分が多く含まれる。流れ込む農業用水には塩分や化学物質が含まれ、ソルトン湖の水質は悪化した。湖水は蒸発し、濃度の高い塩分を含む有毒な砂塵が周辺地域に及び、住民の健康被害が深刻化した。1970年代には熱帯性暴風雨に襲われ、観光・商業施設が大きな被害を受けた。これを機に観光業者は撤退、住民も町を捨てた。わずか25年ほどの繁栄だった。

膨大なリチウムが埋蔵 一転、生産競争の舞台に

本格的なリチウム採掘の準備が続くソルトン湖周辺=2018年4月、AP/アフロ

 そのソルトン湖が再び注目を集めている。電気自動車などに使われる電池の原料となるリチウムが、ソルトン湖周辺の地中に眠っていることが分かり、エネルギー会社などによる試験採掘が行われている。順調にいけば2、3年後には本格的な商業採掘がスタートするという。

 リチウムは再生可能エネルギーの鍵を握る物質だ。米バイデン政権もソルトン湖でのリチウム開発に巨額の補助金を拠出し、この地を「リチウムのサウジアラビア」にすると意気込む。

 ただ、リチウム生産には大量の水が必要となり、地下水枯渇などの悪影響が指摘されている。忘れ去られたソルトン湖が、新資源と共に再び歴史の表舞台に浮かび上がってきた。

 人類の欲望にまみれながら、蒸発を続けるソルトン湖を左手に見て州道111を走る。西日が反射する静かな湖面からは、過酷な歴史を垣間見ることすらできない。

不法移民を乗せていないか、片言の日本語でチェックされる

パームスプリングの象徴であるサンジャッキント山脈に夕日が沈む=筆者撮影

 対向車はほとんどなく、前後にも車は見えない。このルートでロサンゼルスに向かう人々は、「この辺りは走り抜けるだけだ」と口をそろえる。

 途中、検問所があった。不法移民を乗せていないか、麻薬を運んでいないかなどをチェックしている。これまでの道中でも検問所は何度も通過した。大型トラック以外はノーチェックだったが、ここでは係官に止められた。

 体格のいい白人の係官は、日本人だと聞くと、「ちょっと待ってください」と片言の日本語を話しながら、車の中をのぞきこんでチェックしていた。

 ソルトン湖を通り抜けると、沿道にレストランや自動車販売店の看板が見えるようになった。しばらくすると、遠くに存在感のある町並みが見えてきた。パームスプリングスだ。人々が集う町は、遠くから見てもいきいきとしている。

  • サンルイスからパームスプリングまで、走行距離は351キロ。
  • さらさらの砂が広がっていた=筆者撮影
  • 移動中の軍人と目であいさつした=筆者撮影
  • 道路沿いの大規模家畜場。牛と視線が合った=筆者撮影
  • カリフォルニア最大の湖であるソルトン湖。この地は古代から洪水、枯渇を繰り返してきた=筆者撮影
  • ソルトン湖の水の塩分濃度は4%を超える。太平洋の海水よりも濃い=筆者撮影
  • ソルトン湖畔の町ニランドにある廃墟=筆者撮影
  • かつて観光地として栄えたソルトン湖東側の町ボンベイビーチはゴーストタウンだ=筆者撮影
  • 本格的なリチウム採掘の準備が続くソルトン湖周辺=2018年4月 AP/アフロ
  • パームスプリングの象徴であるサンジャッキント山に夕日が沈む=筆者撮影