「登校も外遊びもNG」に驚愕 ザワついた「留守番禁止条例」スピード撤回の舞台裏

[2023/11/26 10:00]

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スーパーJチャンネルは平日の午後5時前から始まるテレビ朝日の夕方のニュース番組だ。
子育て世代に関わるスクープもたびたび報じているのだが、当の子育て世代にあまり見てもらえていないジレンマを抱えている。

そんな番組だが、子育て世代の生活を揺るがしかねない条例を大きく取り上げた事で、わずかながらでも世の中が動く事につながる事例が最近あった。それが埼玉県の「お留守番禁止条例」だ。

なぜ大きく取り上げる事にしたのか、反響を呼ぶことになったのか、ニュースの裏側を紹介してみたいと思う。

(テレビ朝日 スーパーJチャンネル デスク 溝上由夏)

■「お留守番禁止条例」は自分事

まずは自己紹介をしておきたい。私はスーパーJチャンネルでデスク(ネタを選び、切り口やその長さなどを決める人)をしていて、年齢は42歳。小学校6年生の娘と保育園の年長の息子を育てる母親でもある。夫は単身赴任で双方の実家も遠方で頼れないため、「お留守番禁止条例」の話は完全に自分事で、こういった条例で決まった場合、生活が成り立たなくなる家庭が山のように出てくることも瞬時に想像がついた。

一つの自治体でこういった条例が可決されればそれが前例となって瞬く間に全国に広がるのではないか、という懸念を抱いたことが、取材を始める出発点だった。

■子どもだけでの通学も虐待?通勤中の大江戸線車内で驚愕

「お留守番禁止条例」の情報をキャッチしたのは10月5日。

出勤途中の大江戸線の中だった。

普段から情報交換をしている、「みらい子育て全国ネットワーク」の天野妙さんたちとのチャット内で、「とんでもない条例が来週、(埼玉県議会の)委員会で採決されてしまうらしい」という話が盛り上がっていた。

この時点で「お留守番禁止条例」を詳しく報じていたのは東京新聞のみ。

チャット内では記事を読んだメンバーから条例の内容に「何それ!」「どういう事?」と驚きの反応が飛び交っていた。

その日の夕方には日本テレビが条例案についてスタジオ解説の形で報じている。
天野さんたちのグループと連絡を取り続けるうちに、どうやら翌6日の委員会で採決されてしまうらしい、という情報も入ってきた。

その10月6日、たまたま自分がスーパーJチャンネルのデスクを担当していた日だったため、委員会採決を取材すれば当日のニュースになるのでは?と考え、天野さんたちに連絡を取りながら会社に向かった。会社に到着後はすぐに取材チームを編成。
横を見ると報道ステーションの当日デスクが、普段から取材やニューストピックの相談をしている女性だったので、彼女にも声をかけ、議会取材をスーパーJチャンネルと報道ステーションで一緒に行うことになった。

スタジオ パネル

ここで、この条例案がどういったものだったか押さえておきたい。
条例案が禁止するのは「子どもだけでのお留守番」だけではなかった。

ほかにも
▼小1〜3年生だけで登下校をする→×
▼子どもだけで公園で遊ばせる→×
▼子どもと高校生だけで留守番→×
▼ゴミ出しや回覧板のため外出、子どもは留守番→グレーゾーン

といった内容で、これらを確認した市民には通報義務を課す、というものだった。

小学校への集団登下校もダメ、学童に入れなくて民間学童に1人で通う場合は?学童に行きたくない子が下校後に公園に遊びに行くのもダメ?きょうだいの通院に子どもが付き添いたくない場合は?などなど少し考えただけでもさまざまなケースが想定される内容で、親、そして子どもたちの日常生活を直撃するものだった。

■お留守番は「虐待です」自民党県議団“キーマン”が断言

ここまでの動きは10月6日の、朝10時ごろまでの話。

ただ、体制は組んだものの、この時点でテレビ朝日としては何も取材ができていない状態だったため、「何が虐待に該当するのか」などを自民党県議団に確認する必要があった。

情報のウラが取れなければニュースで報じることもできない。
ここで自民党側に断られたら、情報の確認が煩雑になり、素早く報じる事ができないリスクがあった。一方で、当初から条例案のキーマンと聞いていた自民党県議団の田村琢実団長の取材については確信があった。

以前、選択的夫婦別姓を巡る話題(田村議員は賛成派で、自民党内では少数派)で、スーパーJチャンネルでインタビュー取材に応じてもらった事があった。

この経験があったので、例えセンシティブな話題であったとしても、カメラでの取材に応じるだろうという確信だ。
実際、真正面から取材を申し込んでみると、予想通り、あっさりOKが出たためテレビ朝日だけのインタビューが実現した。
このインタビューでカメラを回したディレクターが引き出したのが
「Qお留守番は虐待ですか?Aもちろんです」
という田村団長による核心となる発言だった。

田村団長

■自民党県議団の“正義感”と子育て世代のズレ

取材したディレクターは、「『いい条例案を作っている』という彼らなりの正義感をとても強く感じた」と話していた。
だからこそ、カメラ前での取材にも堂々と応じたのだと思う。

一方で、非現実的な法案に懸念を示す子育て世代である当事者たちの感覚とは著しくズレていた。にもかかわらず、自民党県議団側はこの”ズレ”にひどく鈍感なように見えた。

この時点でまだ大きく報じられていなかった「お留守番禁止条例」を取り上げるにあたっては、自民党県議団と子育て世代との”ズレ”が明確に提示できればいいと考え、両者の声を対比させる形で、6日夕方のニュース番組で放送を行った。

■「お留守番禁止条例」って変だよね?即広がった“共感の輪”

同じ日、夜には報道ステーションもこの話題を大きく報じた。

女性が増えたとはいえニュースの現場にはまだまだ男性が多く、子どもに関わる話題を取り上げるかどうか、反応が割れることもある。「それってニュースなの?」と言われてしまうだろうな…と思って、「取材しましょう!」と言い出せないことも正直、ある。

ただ、この日報道ステーションでは先述のデスクを筆頭に、日ごろから情報交換をしているメンバーが「これ変だよ」「おかしいよね」と次々取材に加わってくれた。夕方や夜のニュースは取材できる時間が限られているため、とにかく朝の時点の瞬発力がカギとなる。「お留守番禁止条例」と聞いて、即座に「え?」と反応できるデスクやディレクターがほかにもいたことに、とても助けられた。

中には、出向元の会社に戻るためこの日が報道ステーションで最後の勤務だったにも関わらず自ら手を上げ、現場に向かってくれた若手の女性ディレクターもいた。

彼女が公園やスーパーで聞き込みをしたところ、子どもがいる人のうち8割くらいがこのニュースを知っていて、全員が興味津々。話を聞いた人は全員が怒っていたという。

公園で取材を続けてみると「お留守番禁止条例」について話をしている母親のグループにも遭遇。子育て世代のリアルな違和感の声を拾ってくれた。さらに、スタジオパートでは憲法学の専門家にも取材、「憲法違反の可能性もある」とする見解を紹介した。

■当事者が感じた“危機“ 緊張の署名立ち上げ

私たちが取材を進めるタイミングと時を同じくして、ネット署名立ち上げに動いていたのが前述の天野妙さんたちのグループだ。
署名の立ち上げ人となったのは、埼玉県在住で小学6年生と3年生の子供を持つ、まさに当事者でワーキングマザーの野沢ココさん。

ネット署名を呼びかけたのは今回が初めて。当初は署名が集まるのだろうか?などの不安もあったというが、「誰かがやらなければ通ってしまう」という危機感から動くことを決めたという。

条例案に反対する署名活動が立ち上がった
条例案に反対する署名活動が立ち上がった

オープンな議論がほぼされていない条例案だったため、この時点で詳細は不明なまま。

そこでまずは天野さんが委員会を傍聴し、野沢さんと連絡を取り合いながらどういったケースが「虐待」にあたるかなど、審議された内容を確認した。わかったのはお留守番以外にも様々なケースが対象になるということだった。

仕事の合間を縫って作業し、10月6日の夕方、条例案に反対するネット署名を立ち上げた。

■報じられた“ホンネ” 3連休で署名が急拡大

「お留守番禁止条例」についてJチャンネルが報じたのも、署名が立ち上がったのも、そして委員会で採決されたのもいずれも10月6日金曜日で、そのまま3連休になだれ込んでいった。

連休中は、子育て世帯がSNSを見る機会が多くあったのだろう。
Jチャンネルのディレクターが撮影した、「Qお留守番は虐待ですか?Aもちろんです」という田村県議の発言が入ったサムネイル(見出し用の画像)と共に、SNSを中心に批判が広まっていき、3連休最終日には8万人近くの署名が集まった。

個人的にもママ友から「これ見た?」と、このニュースに関連するインスタの投稿を見せてもらう機会があるなど、特に子育て世代からの反発が大きなうねりになっていく様子を目の当たりにした。

■“お留守場禁止条例”異例のスピード撤回

3連休明けの10月10日火曜日には自民党県議団が撤回を表明。
ただ、会見で自民党県議団は「条例案に問題はなかった」「説明が足りなかっただけだ」と繰り返した。

これに対し、天野さんや野沢さんは金曜日の本会議を前に厚生労働省で会見を行い、自民党側の認識の甘さを指摘、クギを刺した。

野沢ココさん
天野妙さん

■署名は10万筆超え“怒号の本会議”で正式撤回

署名提出

13日金曜、ヤジが飛び交う中、本会議でお留守番禁止条例案は正式に撤回された。

集まったネット署名は最終的に10万筆を超え、野沢さん、天野さんらの団体は自民党県議団の田村団長に直接、反対署名と意見書を手渡した。

意見書の手渡しに現れた田村団長は、1週間前の自信満々の表情から打って変わってどこか戸惑ったような表情に見えた。

■ホンネが見える時こそ物事が動く?

番組の報道から正式な撤回までわずか1週間。
私自身、これまでも杉並区の保育園一揆騒動や、隠れ待機児童問題、埼玉県所沢市の育休退園問題など子育てに関わるニュースを追ってきたが、ここまでのスピード感で物事が動いたのは初めてだった。

当たり前だが、新しく条例が作られる場合にはその条例の発案者がいて、それぞれの動機がある。条例の文字を見ているだけでは市民生活がどう変わるのか想像しにくいこともある。

特に、実際に条例が施行されていない段階で、「何がどう変わるのか」映像で伝えづらいことも本当に多い。
ただ、条例の発案者の動機やホンネが垣間見えた時、政策がリアルに感じられる瞬間がある。お留守番禁止条例は、自民党県議のホンネが本人の口から語られ、これに危機感を覚えた市民がすぐさま行動を起こしたからこそ、私たちがその双方の動きをニュースとして伝えることができ、子育て世代を中心に危機感が広まっていったのだと考えている。

これからも「ん?」と思ったことは臆せず社内の仲間とともに追及し、積極的に取材をして番組を作っていくことでテレビ朝日の報道、そしてスーパーJチャンネルが子育て世代の方々に寄り添い、信頼されるよう心がけていきたいと思う。 

  • 条例案に反対する署名活動が立ち上がった

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