
京都造形芸術大学1年生のときに教授でもある高橋伴明監督の映画「MADE IN JAPAN〜こらっ!」のヒロイン役で俳優デビューを飾った大西礼芳さん。チャレンジ精神を発揮し、多くの映画、テレビ、舞台、CMに出演。映画「痛くない死に方」で10年ぶりに高橋伴明監督作品に出演。さらに2022年には伴明監督の映画「夜明けまでバス停で」、映画「STRANGERS」(池田健太監督)などに出演。映画「初級演技レッスン」(串田壮史監督)が公開中。(※この記事は全3回の後編。前編と中編は記事下のリンクからご覧いただけます)
■10年ぶりの高橋伴明監督の現場で「お前の芝居飽きたぞ」と言われ

2020年には「LINEの答えあわせ〜男と女の勘違い〜」(読売テレビほか)に出演。
このドラマは、東京の「一日料理教室」で出会った男女7人が繰り広げるLINEにまつわる恋愛模様を男性・女性それぞれの視点で描いたもの。大西さんは、アパレル企業に勤めて10年目の新見恵理乃役を演じた。
――仕事がデキる女性ですが、恋愛に関してはちょっと…という役どころでしたね
「そうですね。仕事ではようやく認められて楽しくなってきたという役どころでした。恋愛は苦手で年上のダメ男にばかり引っかかってしまう自分を変えたいと思って結婚を前提に付き合える真面目な相手を探しているのですが、なかなかうまくいかない。懐かしいです」
2021年、映画「痛くない死に方」で10年ぶりに高橋伴明監督作品に出演。この作品は、在宅医療に従事する医師・河田仁(柄本佑)が患者やその家族と接するうちに、在宅医としてどうあるべきか模索し成長していく様を描いたもの。大西さんは、河田の同僚の在宅医師役を演じた。
「伴明さんとは10年ぶりだったのでちょっと緊張しましたけど、相手役が柄本佑さんでものすごく落ち着いてらっしゃったんです。すごく自然に間を取ることが許されているような感じがして、柄本さんと芝居をしているとすごく心地のいい現場でした」
――伴明さんからは何か言われました?
「『お前の芝居飽きたぞ』って言われていました。『こう来るだろうな』みたいな感じそのままということなんですかね。役柄的にも面白いという役ではなかったので『役も役なんだけどなあ』って言われましたけど、伴明さんに言われるんやったら、『すみません。ちょっと冒険しないといけないのかもしれないな』って思いました」
――伴明さんはあまりテイクを重ねないそうですね
「はい。ほぼないです。一発本番という感じで粘らない感じです。何も言われないまま『やってみようか』って言われて、ぬるっと芝居をやってみるという感じでやるんです。
『これで大丈夫なのかな?』って不安になりますけど、台本通りのセリフだと何かうまくいかないって思ったら、監督が『じゃあ、セリフをこの順番に変えてみて』とか臨機応変に進んでいく感じです。
ちゃんと伴明さんの頭の中で映画ができているんですよね。すごいなあって思います。伴明さんの作品だったら、どんな映画でも、どんな役でも出させていただきたいです。それくらい信頼しています」
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■実際にあった事件をモチーフにコロナ禍で撮影■実際にあった事件をモチーフにコロナ禍で撮影

2022年、高橋伴明監督の映画「夜明けまでバス停で」に出演。この作品は、バス停で寝泊まりしなくてはならなくなったホームレスの女性が2020年に渋谷で殺害された事件を基に、コロナ禍で生活が困窮し、社会的に孤立して追い詰められていく女性の姿を描いたもの。
主人公は、昼間はアトリエで自作のアクセサリーを売りながら、夜は居酒屋で住み込みのパートとして働いている三知子(板谷由夏)。コロナ禍により、仕事と家を同時に失ってしまい、新しい仕事も決まらない。途方に暮れた三知子はバス停で夜を過ごすことに…。
大西さんは三知子が働いていた居酒屋の店長・千春役を演じた。コロナ禍で現実と従業員の板挟みになり、マネジャー(三浦貴大)のセクハラ、パワハラに悩まされながらも、三知子たちを救済するべく奔走する。
――立場の弱いパートさんたちに寄り添い、力になろうと奔走する店長役でしたね
「はい。とてもいい役をいただけてありがたかったです。前作の『痛くない死に方』のときは10年ぶりだったこともあって緊張しましたけど、『夜明けまでバス停で』のときは、緊張はあまりしませんでした。
何でしょうね?失礼かもしれないけど、自分のおじいちゃんと一緒に映画を作っているみたいな感覚はありました」
――キャスティングも印象的でした。とても性格のいい三浦貴大さんが自己チューでイヤな上司役で
「そうでしたよね。セクハラ、パワハラのイヤなやつを三浦さんが楽しそうに演じていたのを覚えています。伴明さんの作品に出させてもらうと、『伴明さんだから参加します!』というベテランの役者さんたちがたくさんいらっしゃって。
根岸季衣さんとか柄本明さんとかもそうですけど、それが楽しいですね。やっぱり芝居によって自分が変われることができるというのは、すごく幸せなことだなと思います」
――モチーフとなったのは、ものすごく悲しい事件ですが、高橋伴明監督の『今、これを世の中に発信しなければいけない』という思いに、スタッフ、キャストが集結した作品だそうですね。爆弾が出てくるという衝撃の展開でした
「そうですよね。やっぱりみんな閉塞していて。コロナ禍でどうなるのか全然わからなくなって、みんなが抱えている怒りとか、やり場のない思いをこういう形で映画にするんだって思って。
でも、国会議事堂が爆発したのは、私たちも知らなくてびっくりしました。やっぱり『みんなの怒りみたいなものは、あそこのシーンでいかなあかん』と思っていったのかなって。『すごいなあ。戦っているな、この人は』って思いました。
この間、伴明さんの『TATTOO<刺青>あり』をポレポレ東中野で上映しているのを見に行ったんですけど、『やっぱりエンタメの人やな』って思いました。
伴明さんは社会派とか言われているけど、社会を描くのは、映画は当たり前と言えば当たり前ですよね。ちょっと色濃い作品なので社会派って言われるんだと思うんですけど、エンタメをずっとやってきた方なんだなって思いました。
『夜明けまでバス停で』のときは、本当にあの状況に追いやられた人ってたくさんいるから、そういう人たちがいるんだよということを示しているけどエンタメの部分がある。
ずっと重たく来られたら見ている側も『自分たちも大変なのにちょっと勘弁してください』ってなるから、その辺のさじ加減はやっぱりすごいなと思いました。ちゃんとそれで作品で見せているので」
――それで見終わった後にちょっと爽快感が残る。キャラクターも立っていますよね。大西さん演じる店長も普通にちょっと苦手なことがあったりして
「そうなんですよね。やっぱり店長だからしっかりしてなくちゃいけないって思っているんですけど、パートのお姉さま方のところでちょっと空気が読めなかったり、一緒にアクセサリーを作ってみたらあまりうまくないとか(笑)。
この人も不得意なところがあるんだみたいな感じで、あの辺というのはやっぱりいいですね。ちょっとワンクッション入るという感じで」
――撮影現場はどんな感じでした?
「やっぱりコロナ禍ではあったので、撮影中はちょっとピリピリしている感じで、フェイスガードをつけながらやっていました」
――コロナ禍で大西さんご自身は、メンタル面とかどうでした?
「私は2カ月ぐらい仕事は止まっていたのですが、ちょうど祖母の体調が悪くなって、緊急事態宣言のちょっと前に田舎に帰っていたんです。本当に直前ですね。そうしたら緊急事態宣言になって仕事が全部止まって、実家に2カ月間いることができたんですね。
でも、田舎の方たちと会うのも何なので家にずっとこもってばかりいました。だから、『自分が好きやったことって何だったっけ?』って、見つめ直す時間ではありました。不安はもちろんありましたけど、高校の時以来、家族と長い時間を過ごしたことがなかったので。
『いつまた再開するんだろう?』とか、『前のように撮影できるんだろうか?』という不安はありました。『自分もコロナにかかったらどうしよう?』とか、神経質にはなっていたけど、必要な時間だったかなとも思います。
でも、それも運ですよね。田舎に帰るのが数日ずれていたら、緊急事態宣言になって行けなかったわけですから、それもすごいタイミングでした。祖母は入院していたので、全然面会できなくって、1回だけ会えました」
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■画面に映っているものすべてが作られている面白さ■画面に映っているものすべてが作られている面白さ

2024年、現代社会の中で自分を見失う女性を描く心理サスペンス・スリラー「STRANGERS」に主演。大西さん演じる主人公・直子は、婚約者の浮気がきっかけで、不思議な魅力をもつ同僚の山口紗季(玄理)に導かれてマッチングアプリを始める。かりそめのデートを繰り返すうちに自分を見失い派手になっていく直子は、自分自身の姿形が山口に似てきていることに気づくが…という展開。
「撮影は2年前の初夏だったと思います。自分じゃない人に変わっていく。『自分って何やろうな?』というのはこれも同じでした。共通することかもしれないですけど、本来『これが自分や』って思っているものなんてないんだろうなって。
何か違う自分ではないものを借りて演じることで、『何でこんなに気が楽になって自由に振る舞うことができるんだろうな』って思いながらやっていました。その調整を、ちょっとずつレベルを上げていったということなんですかね」
――どんどん変化していく様が印象的でした。そもそもは婚約者の浮気がきっかけですよね
「そうです。浮気で揺れているところに、会社で結構問題があって…という感じで。上司も、ちょっと問題が…とか思いながら、どんどん不思議な世界に入って行ってしまう。
あの映画も本当にたくさんのエキストラの方たちに参加していただいたんです。街を歩く人たちも皆さんエキストラの方たちに協力していただいて。画面に映るものは全て作られているという感じで、撮影していてそれがまた面白かったですね」
――撮影は大変だったでしょうね
「大変でしたけど、1カ月間かけてほぼ順撮りで撮っていったので、またここに来なきゃいけないんだ、みたいな感じで。日によって映っているものは違うけど、同じ場所でエキストラの人たちもちょっとずつ変わるみたいな感じでそれが面白かったです。
結果的にはそれが監督の意向だったのか。だから、私がここをフラッと歩いて行って、それをカメラが追うというだけだと感じられないことをたくさん感じました。この皆さんがこの映画の出演者であるのに、何で私にカメラを向ける必要があるのかとか、その不思議さみたいなのがありました。
会社のシーンとか、特にそれぞれの社員さんたちとか、後ろに映っているエキストラの方たちの動きの中に私がいるというだけで面白かったです。画面の隅々まで、会社のシーンがすごく好きでした」
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■すべての場面が鮮明に見えて…■すべての場面が鮮明に見えて…

(c)2024 埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
ヒロインを演じた映画「初級演技レッスン」が公開中。この作品は、即興演技を通じて互いの記憶に侵入する人々が、リアルとフェイクの境界をさまよいながら“奇跡”に出会う様を描いたもの。
父を亡くした子役俳優の一晟(岩田奏)は、「初級演技レッスン」と書かれた看板を掲げられた古工場で、全身黒ずくめのミステリアスな演技講師・蝶野(毎熊克哉)と出会い、即興演技で不思議な体験をする。一方、一晟が通う学校の担任教師・千歌子(大西礼芳)もまた蝶野との出会いによって、想像だにしていなかった奇妙な体験をすることに…。
「今回の作品も見方によってはちょっと複雑というか、抽象的な部分があるじゃないですか。でも、私には場面が全部鮮明に見えたんですよね。スーッと理解できて、何か合うって思ったんです」
――何かを抱えているというのはわかりますよね。何を抱えているんだろうって
「そうなんです。それで、それまで避けていた自分自身と向き合うことになるんですけど、
『これはどういうことなんだろう?』というのがちょっと続いたりするので、見る人の体調と気分にも左右されるかなという感じがしますが、現場で迷いは全くなかったです。
監督が『このシーンの目的はこうです』という風に言って、『だから、こういうことがあったらその目的は達成されると思うので、この方向でやってみましょう』という感じでやっていました。
串田さんは英語を話すので、演出の言葉を聞いていると、多分その英語のシンプルさみたいなのが日本語にも反映されているような感じがありました」
――普段は穏やかな感じがする監督ですが、現場ではいかがでした?
「笑いをこらえて見ていましたね。俳優さんたちがワークショップで溺れる芝居をするところとか、皆さんすごいな、尊敬すると思いました。溺れるシーンを順番にやっていくというのは、私も通ってきた道ではありますから、あのときの本当に嫌な気持ちを思い出しました。
そのときのことを思い出してしまって、真摯にこの溺れるシーンと、芝居と向き合われている皆さんはすごいなと思いながら見ていました」
――劇中で、毎熊さんと岩田さんの3人で中華を食べているシーンが本当の家族みたいで好きです
「あのシーンいいですよね。多分傍から知らない人が見たら家族に見えると思います。
毎熊(克哉)さんとも、『あそこはほぼ素(す)だったね』って話をしていました」
――とてもいい雰囲気でしたよね。店を出て最終的にバラバラに帰るときに、毎熊さんの背中がすごく寂しそうで印象的でした。大西さんと毎熊さんのダンスシーンもありましたね
「はい。日舞はやっていたのですが、結構大変でした。踊るシーンは割と長めだったので、ほぼ全部使ってくれていましたね。撮影の数日前に皆さんで集まって練習して、ほぼほぼ1日で練習を終えて本番でした」
――撮影はいつ頃でした?
「去年の5月くらいだったと思います。それですぐに昨年の『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭』でオープニング作品として上映されて。『こんなに撮ってすぐ皆さんに見てもらえるんや』と思ってうれしかったのを覚えています。多くの人に見ていただけたらうれしいです」
繊細な心情表現が秀逸。演技力が高い若手実力派俳優として知られ、クールなイメージだが時折出る関西イントネーションがチャーミング。今後も映画、舞台などが控え、多忙な日々が続く。(津島令子)
スタイリスト:Lim Lean Lee
ヘアメイク:KOMAKI