「私にはこれしかないじゃん…」”生きるため”買われ続けた 抜け出せなかった性搾取
[2024/03/02 17:00]
初めて男性とホテルに行ったのは中学を卒業するころだった。
父親の虐待から逃れるため、繁華街で夜を過ごしていた。
「一人?」と声を掛けてきた男性がいた。寝る場所を得るため、一夜を共にした。
「身体でも、必要としてくれるならそれでいい」
そう思い女性は、夜の街で生きてきた。売り上げをホストに搾取され、先が見えない日々が続いた。それでも、この生き方を選んだ自分の責任だから、と助けを求められずにいた。
行き場をなくした末、生きるために売春をせざるを得なかった女性たち。続く“性搾取”。
でも、その責任は本当に女性自身にあるのだろうか?
(テレビ朝日報道局 笠井理沙)
■父親の虐待 学校のいじめ「ずっと一人だった」
希咲未來(きさらぎ・みらい)。女性はそう名乗り、3年ほど前から、自身の体験をSNSなどで発信している。キラキラのネイルをした、23歳。明るく、よく笑う。
関東の地方都市で育った。
幼いころから塾にピアノ、新体操に通った。傍から見れば教育熱心な両親に見えただろう。だが物心つくころには、父親から暴力を受けていた。機嫌が悪いと殴られる。自分の食事だけ用意されない。いい成績を求められ、体調が悪くても学校を休むことは許されない。母親はほとんど話さず、笑った顔を見たことがなかった。
学校も安心できる場所ではなかった。靴を隠されたり、階段から突き落とされたりした。小学校で始まったいじめは、中学校でも続いた。友達もできず、学校を終えると毎日習い事に通った。
父親の虐待は、日々エスカレートする。未來さんが中学生になると、夜に父親が布団に入ってきた。身体を触られ、性交された。「最初は何をされているのかわからなかった」という。同じことが、その後も続いた。
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■男性に買われても「私を見つけてくれたんだ」と■男性に買われても「私を見つけてくれたんだ」と
そんな日常から逃れようと、未來さんは家を飛び出した。警察に保護され、父親の暴力を訴えたが「父親にやられたという証拠がない」と言われ、家に戻された。しかし父親の暴力は止まない。
家に帰らなければいい。そう思い、塾の帰りに繁華街に行き、夜を過ごすようになった。
中学の制服のまま雑居ビルの非常階段に座っていると「何してるの?」と男性に声をかけられた。「行かない?」と聞かれ、ホテルに行った。一夜を共にして泊まる場所を確保する。朝に一旦帰宅し、また学校に行く。
毎日のように違う男性に声をかけられ、そんな生活を繰り返した。中学を卒業するころ、初めて見返りとして金をもらった。
身体でいいんだったら、必要としてくれる人がいるんだったらいい。
男の人に、かわいいねと言われてうれしいというか、私を見つけてくれたんだなって思いました。今までかわいいなんて言われたことなかったから」
■「楽しそうな大学生」と「透明人間みたいな私」
高校に入学したが、ほとんど行かなかった。友達もできず居心地が悪かった。地元を離れたいと、いつしか新宿・歌舞伎町に通うようになっていた。より多くの人がいる場所に行きたかった。
男性に声をかけられ「出会い系バー」に連れていかれた。条件が合う男性と出かけ、身体を買われる。未來さんと同じ年くらいの少女もいた。
家に帰らず学校にも行かず、歌舞伎町で過ごす毎日。親が行方不明届を出したことをきっかけに、警察に補導された。その後児童相談所に保護され、一時保護所に入った。保護の理由は親の「虐待」ではなく、未來さんの「非行」だった。
その後も施設を抜け出しては歌舞伎町に戻り、何度も連れ戻された。施設を転々として18歳を迎え、措置を解除された。再び歌舞伎町に戻った。
家も仕事もなかった18歳。声をかけてきたホストが、泊まる場所も仕事も用意してくれた。ネットカフェに寝泊まりするよう言われ、連絡が来たら男性と会い、身体を買われる。一日で10人の相手をしたこともあったが、売り上げはすべてホストに渡した。20万円近い売り上げをホストクラブに持っていくと「すごいじゃん」とホストたちに褒められた。
未來さんはかつて飲食店で働いたことがある。しかし、昼夜逆転の生活を続け、短時間でより多く稼げる経験をした未來さんにとって、日中に仕事を続けることのハードルは高かった。
この頃の未來さんは「夜の街で成功して有名になって、親を困らせてやりたい」と思っていたという。しかし、街ですれ違う同じ年くらいの若者を見ると、胸が締め付けられた。
それでも、自分で選んだ生き方だから、自分に責任があると感じていた。
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■日本は「女性が性的に搾取されやすい社会」■日本は「女性が性的に搾取されやすい社会」
居場所をなくし追い詰められ、性を売らざるを得なかったという女性たちは少なくない。未來さんが感じていたように、売春することの責任は女性にあるのだろうか?
居場所を得られなかった女性たちが選択できる生き方が、性的に搾取されることだけでいいのかということは、問い直されるべきだと思います」
そう話すのは、岩手大学教育学部の古橋綾准教授だ。古橋准教授は2019年から2年ほど、新宿・歌舞伎町で行き場をなくした少女たちの支援を行なう団体を手伝ってきた。活動の中で、街中やSNSでつながった男性から性暴力を受けたり、その対価としてわずかなお金を渡されたりした女性と何人も出会った。
女性が居場所がないと感じたり、経済的に困窮したりしたときに、一人で生きていけるような収入を得るための選択肢が少ないということも課題だと感じています」
古橋准教授は、女性が自立しやすいような環境をつくっていくとともに、女性たちが助けを求めやすいよう、寄り添った支援が必要だと指摘する。
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■孤立した女性が陥る危険とは■孤立した女性が陥る危険とは
東北一の繁華街、仙台市の国分町。金曜の夜には、仕事帰りの人や学生、客待ちのホストなどたくさんの人が行き交う。ここにも、居場所を失くした女性たちの姿があるという。
「近くでやっているから、来てみてね」
国分町近くのアーケードで若い女性たちに声をかけるのは、NPO法人キミノトナリのスタッフだ。居場所カフェ「トナカフェせんだい」には、10代や20代の女性が足を運び、悩みや不安を打ち明けている。貧困や虐待、性被害などのリスクを抱える若い女性を適切な相談・支援につなげることを主な目的として仙台市が始めた事業を受託している。
トナカフェは国分町近くのレンタルスペースで主に金曜日に開かれ、飲み物やお菓子などを用意して女性スタッフたちが待っている。
「誰かと話したいという子、友達と一緒に遊びに来たという子、様々な女の子たちが来てくれています」と話すのは、キミノトナリの代表理事・東田美香さんだ。
家の外でも、学校や職場でいじめられたり、就職しても長続きしなかったり。相談できる友達がいないという子も多く、社会から孤立したような状態になっています」
活動を通し、東田さんは行き場をなくした女性たちへの支援の必要性を感じている。
活動をしていて思うのは、やはり女性が危ない目に遭う場面が多いということです。女性には、妊娠のリスクもある。誰にも頼れず孤立している女性たちを守るため、女性に特化した支援が必要だと感じています」
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■「あなたのせいじゃない」と伝える■「あなたのせいじゃない」と伝える
父親の虐待から逃れた末、性を売ることで生活を続けた希咲未來さん。
19歳の時、「妊娠したかもしれない」と思い連絡を取った支援団体の助けで、身体を買われる生活から抜け出すことができた。
私が受けた性搾取の状況に怒ってくれた方もいて、そういう方たちに出会えたのがすごく大きかった。身体を売ること以外の選択肢を選ぶことができるんだと思えるようになりました」
未來さんはいま、夜の街を歩き、困りごとを抱えた女性たちに声をかけ、必要があれば支援につないでいる。未來さんが夜の街をさまよっていたとき、声をかけてきたのは性的なことを求めた男性しかいなかったからだ。
そのためにも、大事にしてくれる人がいるということを伝えていくことが必要だと思います」