「画家のいない街角なんてライスのないレッドビーンズみたいだ」米国6600キロ第10回
[2023/12/31 10:00]
フランス風ドーナツを食べてパリにいる気分に。スパイスの効いたガンボを口に運びながら「ラーメンのスープになりそうだ」と思う。
(テレビ朝日 デジタル解説委員 名村晃一)
たっぷりのパウダーシュガーをこぼしながらベニエを食べる
ニューオーリンズの「ゴースト文化」をたっぷり楽しんだ後、まず向かったのは1862年創業のカフェ、カフェ・デュ・モンドだ。旅6日目、10月9日の初めての食事は、穴のないフランス式ドーナツのベニエだ。18世紀にカナダから移り住んだフランス系住民が持ち込み、ニューオーリンズに定着した。
ミシシッピ川の近くにあるカフェ・デュ・モンドの本店は、クリスマス以外は24時間営業だ。食べ物はベニエしかない。注文すると白いパウダーシュガーがたっぷりとかかったベニエが3つ出てきた。
テーブルの上にも、椅子の上にも、床の上にもパウダーシュガーが飛び散っている。パウダーシュガーをこぼさずにベニエを食べ切ることは、ソースを1滴もたらさずにビッグマックを食べることよりも、はるかに難しい。
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コーヒーはチコリ入り しゃれているけど親しみやすいカフェコーヒーはチコリ入り しゃれているけど親しみやすいカフェ
行列が絶えない店なので、新しい客を迎え入れる時にテーブルはふくものの、十分とはいえない。ましてや、椅子や床までは手が回らない。接客係の多くは中国系アジア人で少々、ぶっきらぼうな人もいる。しゃれたカフェではありながら、サービスのスタイルは大衆的で、その親しみやすさが、カフェ・デュ・モンドの独特な雰囲気を作り出す。
普段はほとんどコーヒーを飲まないが、ベニエにはコーヒーが合うと思い、注文してみた。ここのコーヒーはキク科の植物、チコリの根を乾燥させて煎じた「チコリコーヒー」が混ざっている。
ニューオーリンズでは南北戦争の際、コーヒー豆が不足した。フランス系住民は「チコリコーヒー」を代用品にしたという。ベニエを浸して食べると、甘さと苦さが程よく口の中に広がった。米国でフランスを感じた。
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音楽だけでないニューオーリンズの芸術 絵画に見入る音楽だけでないニューオーリンズの芸術 絵画に見入る
ミシシッピ川からの風にふかれて軽く腹を満たした後、市内を歩いた。ニューオーリンズは芸術の町でもある。フレンチ・クオーター内には画廊が多くあるほか、中心部のジャクソン・スクエア周辺の歩道には、地元のアーティストが力作を並べている。フレンチ・クオーターの古い街並みを描いた油絵から抽象画まで、画風は多彩だ。太陽の光が豊富に降り注ぐだけあってカラフルな色合いの作品が多い。
絵心ゼロ、芸術の知識にも乏しいが、街角の画家たちの作品は入り込みやすい。柄にもなく足を止めて鑑賞してしまった。
ニューオーリンズの地元フードに「レッドビーンズ・アンド・ライス」というメニューがある。赤インゲン豆をスパイスと共に煮込んだシチューをライスにかけた代表的な大衆食だ。ジャクソン・スクエア周辺のアーティストの存在を地元の市民は「アーティストのいないジャクソン・スクエアは、ライスのないレッドビーンズみたいなものだ」と表現する。それぐらい街角の画家は暮らしに溶け込んでいる。
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高級店でガンボを食べる 「ラーメン入れたらおいしいかも」高級店でガンボを食べる 「ラーメン入れたらおいしいかも」
芸術に接していると、あっという間に腹が減ってきた。大衆路線ばかりではニューオーリンズの食は語れないと思い、背伸びをして老舗のフレンチとケイジャン料理の店、アントワンズ・レストランに入った。
1840年の創業。真っ白なテーブルクロスがまぶしい。本格的に食べると大変な額になってしまうので、地元名物のガンボと前菜のシュリンププレートを注文した。
ガンボは魚介、肉、野菜など何でも入れて煮込むスープ料理だ。材料は各家庭やレストランで異なるが、野菜ではオクラが入ることが多い。スパイシーでドロッとした舌触りが癖になる。
日本人にとってうれしいのはライスが入っていること。雑炊感覚で楽しめる。ガンボにラーメンを入れたらおいしいかもしれない、とまで考えてしまった。
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見渡す限りの湿地帯 町の姿見えないI-10を西に走る見渡す限りの湿地帯 町の姿見えないI-10を西に走る
食事が済んだところで車に戻り、インターステート10(I-10)を西に向かった。ニューオーリンズ市内を出るとすぐに、塩水の湖、ポンチャートレイン湖やその周辺の湿地帯に入った。前日の夜、走行中に羽虫の大群に囲まれた。その時は真っ暗で周囲の様子を目で確認することができなかった。同じ場所ではないにせよ、湿地帯を昼間に走って驚いた。右も左も、前も後ろも湿地帯が広がり、町の姿が見えない。
何も知らずに暗い中でこの道を走って、かえってよかったのかもしれない。この光景を知っていれば高速道路とはいえ、暗くなってからこの道に入るのを躊躇してしまったかもしれない。
厳密に言えば、メキシコ湾はまだ南の方角にあるが、広い地図でみれば、この周辺ではI-10はメキシコ湾に沿うように走っている。この日はI-10沿いのルイジアナ州レイクチャールズに宿泊する予定だ。その先のテキサス州にまで行きたかったが、距離があり過ぎて無理だと判断した。できるだけテキサス州に近づいたところで宿泊しようと旅行サイトで探したところ、レイクチャールズに値ごろなホテルがあった。
ウォルマートの整備場で車をチェック ガラスクリーナーを購入
そのレイクチャールズに向かう途中、ルイジアナ州クロウリーで大手スーパーのウォルマートに立ち寄った。オハイオ州で雨に降られた際に、フロントガラスがギラギラになり運転しづらかった。さらに羽虫の大群をまともに受けて汚れが目立つようになった。フロントガラスに吹きかけるクリーナーが必要だったため、米国の有名ブランド「Rain-X」を購入した。
ウォルマートには、大きな自動車整備場が併設されていたので、ついでにタイヤをチェックした。1つだけ空気圧が低かったので調整してもらったが、車自体に問題はなし。「このぐらいならただでいいよ」と整備場のスタッフに言われ、お言葉に甘えた。おおらかな米国人に出会うと、ほっとした気持ちになる。
レイクチャールズに入ると、ホテルはもう目と鼻の先。安心した気持ちで走っていると、目の前に、尻込みしたくなるような老朽化した橋があった。脇道はない。このまま渡るしかない。